【全曲レビュー】『Be Right Back』- Jorja Smith | アルバムではない「逃げ場」としての音楽 / album review

June 26, 2021

アルバムではない「何か」

「これはアルバムじゃないの。」そう語るのは、イギリスはウォルソール出身のシンガーソングライター、ジョルジャ・スミスだ。そんなストーナー・アイの歌姫がリリースしたアルバムではない「何か」は、一貫してシンプルなサウンドとコンパクトな構成で、少なくとも前作から劇的に進化した作品とは言い難いが、それ故に彼女の神秘的なファルセットや楽器それぞれの音色が引き立ち、風格ある逸品のようにも聴こえる。本稿では、そんな彼女の最新作に秘められたメッセージを追いながら、アルバムではない「何か」の本質に迫り、来たるセカンド・アルバムに向けての心構えをしたい。

聴き手によってさまざまな意味を持つ音楽

献身的な愛と不釣り合いな恋愛関係について歌った先行リリース曲「Addicted」を聴けば、前作「On My Mind」や「February 3rd」で歌ったような10代の未熟な彼女からは一転、より客観的な視座を持ち合わせた、成熟した彼女のメッセージを読み取ることができる。

The hardest thing
You are not addicted to me
I’m the only thing you should need
You should be addicted to me
The hardest thing
I am too selfless to leave
You’re the only thing that I need
You should be addicted to me
– Addicted by Jorja Smith

相手に献身的に尽くしても、それに応えてくれない関係について辛さを見せつつも、少なくともそうやって努力した姿勢や心持ちは正しいことであることを、リバーブのかかったギターに乗せて繊細な歌声で歌っている。MVはケラーニヴァンジェス同様、クワランティティンスタイルからインスパイアされた内容となっおり、監督は同じくロンドンのSavanah Leafが担当、着用しているミュグレーのボディスーツを見るにファッショナブルな彼女は健在だ。

続く上品なピアノタッチとエレクトロ・ソウルサウンドの「Gone」では、大切な人を失うことについて問いかけている。プロデュースを務めたのは、ケンドリック・ラマーやトラヴィス・スコットの制作にも携わるRahkiだ。

Time spent, can’t afford
Minute less, I mean it more
Know who’s not around to share another go-around with me
Long ago’s, where’d they go? No one knows
Tell me what to do when the ones you love have gone missing
– Gone by Jorja Smith

本曲が特徴的なのは、最初のヴァースで交通事故で亡くなった人について歌っているのにもかかわらず、一方で別れ話にも聴こえるという点だ。ジョルジャ自身そういった聴き手によって複数の解釈の仕方があることこそが音楽の面白い部分だと語っている。ゼイン・ロウとのインタビューでは「誰かを失うことはそれ自体は恐ろしいことだけど、私は世の中はそういうものだって言い聞かせるようにしているわ。」と一種の諦めと僅かながらの希望を同時に持ち合わせたような発言をしており、MVでも彼女の故郷であるウォルソールの街を舞台に失った人を振り返る姿が描かれている。

コスモ・パイクやロイル・カーナーなどを輩出するサウスロンドンのラッパーShayboを客演に迎えた「Bussdown」はレゲエ調のダンスホールビートだ。ネオ・ソウルバンドに所属する父とダミアン・マーリーをこよなく愛する母親を持ち、小さい頃からレゲエやソウル、ロックを聴く環境で育った彼女ならではの作品となっている。

オープンカーを乗り回したりダイヤモンドを身につけたり、前半は富や名声、成功に満足する女性像が描かれているが、後半になるにつれて真の幸せを見つけられずに苛立ち、痛みを感じる様子が歌われている。人気を博してからプライバシーがなくなり誹謗中傷を受けた自身の経験とその時の心境が関係していることは明らかだ。

感情の起伏、弱さの中に自信を見出すこと

全体的にコンパクトな構成の本作だが、収録されている8曲のうち7曲が3分台で、中でも「Time」に関しては1分台のミニマムなトラックとなっている。

I just wanna have fun
I don’t wanna settle down with you
– Time by Jorja Smith

その刹那的なトラックは「私はただ楽しみたいの。あなたと一緒に暮らしたいとは思わないわ」というリリックとも連動しており、アコースティックギターのサウンドには彼女自身の若さがゆえの弱さや不安が滲み出ているようにも思える。

そういった彼女の弱さは他の曲でも見られる。「Home」では夫や家族と一緒にいて本当に幸せになれるのか確信が持てない悲観的なリリックを、今にも涙が零れ落ちそうな歌い口で歌い上げている。

一方、H.E.R.の制作なども手がけるJeff “Gitty” Gitelmanがプロデュースを務めた「Burn」では彼女が最も自信に満ちた瞬間を歌っている。メランコリックなギターとベースラインの上で、一人の女性が夢に向かって奮闘する姿、バラバラになりながらも一緒にいようとする家族の様子が鮮明に表現されており、5曲目までのような寛ぎのR&B作品とはまた違った味を醸し出している。

You burn like you never burn out
You try so hard, you can still fall down
– Burn by Jorja Smith

彼女の歌声を支えるバンドメンバーも相変わらず堅牢だ。心地よいリバーブで始まる「Digging」では、サウス・ロンドンの新世代ジャズ・シーンを代表するバンド、マイシャに所属する日本人キーボーダリストのアマネ・スガナミが担当しており、ジャズバンドのエズラ・コレクティブのメンバーであるフェミ・コレオソもドラマーとして参加している。グランジサウンドを取り入れた80年代ロックを彷彿とさせるサウンドとなっている本曲だが、コーラスで聴こえるシャウトはハイになった彼女の様子を表しており、一見楽しそうに見える曖昧な歌詞も曲が進むにつれてネガティブな感情に陥ってしまうのである。

「逃げ場」としての音楽

人間関係や愛、価値観やアイデンティティなどを歌った本作は、政治的なメッセージを歌った過去の「Blue Light」や「Be Honest」、「By Any Mean」などとは一味違い、彼女の内面の音楽だ。弱さの中にわずかな自信を見出すような、あるいは将来の不安の中でハイになってその場凌ぎをしようとして逆にネガティブになってしまうような、成熟した彼女ならではの感情にフォーカスした、極めてエモーショナルな作品となっている。

それは通常のスタジオアルバムのように、必ずしも一貫したコンセプトやストーリーがあるわけではなく、単純に彼女が今現在どこにいるのかをファンへ伝えるための手段だ。そういった意味で本作は、ジョルジャにとっては心の置き場所(そこにはもちろんセカンドアルバムのプレッシャーもあるだろう)、はたまたファンにとってはそんな待望のアルバムへの心構えをする準備場所のような、「逃げ場」としての音楽とも言えるのではないだろうか。

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Credit

Writer : 平川拓海

学生時代に始めたストリートダンスやクラブでのバイトを通して、音楽を中心としたストリートカルチャーに触れる。在学中に『TALENTED_TENTH 〜ラップ・ミュージックは何を伝えたのか〜』を執筆。現在はサラリーマンをする傍ら、音楽ライター/音楽キュレーター/DJとして活動中。クラブで踊る時間が一番の幸せ。(IG : @_takumihirakawa )(TW : @_takumihirakawa

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