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ケンドリック・ラマー
“ The Blacker the Berry ”が私たちに教えてくれること

JANUARY 30, 2020

Written by ヨシダアカネ

Edited by SUBLYRICS

ケンドリック・ラマーの” The Blacker the Berry “は、2015年3月にリリースされた彼の3rdアルバム『To Pimp A Butterfly』の13曲目に収録されている楽曲である(同年前月にはアルバムに先立ちシングルカットもされている)。本楽曲はとりわけ批評家から絶賛され、「キング・ケンドリック」としての評価を決定づける一助となった。

本稿では、複雑で難解な楽曲” The Blacker the Berry “の歌詞考察を通して、本楽曲が私たちに与える訓戒を明らかにしたい。

 

Black Lives Matterとの距離感

” What happened to [Michael Brown] should’ve never happened. Never. But when we don’t have respect for ourselves, how do we expect them to respect us? It starts from within. Don’t start with just a rally, don’t start from looting — it starts from within.[1]

マイケル・ブラウンに起こったことは、決してあってはならないことだ。絶対に。でも自分たち(黒人)に自尊心がないのに、どうやって彼らにリスペクトしてもらうんだ?それは内側から始まるものだ。集会でも、略奪でもなく—内側から始まるんだ。”

2014年に起こったファーガソンでの警官による黒人少年マイケル・ブラウンの射殺事件に際して、ラマーは Billboard 誌に上のように語った。警察暴力をはじめとする黒人への人種差別に対する抗議運動 Black Lives Matter(以下BLMと表記)に対するラマーの見解が露わになったこの発言が掲載された記事は、瞬く間に拡散され大きな波紋を呼んだ [2]。

” When we don’t respect ourselves how can we expect them to respect us ” dumbest shit I’ve ever heard a black man say.

自分たち(黒人)に自尊心がないのに、どうやって彼らにリスペクトしてもらうんだ?それは内側から始まるものだ」なんて、今まで私が耳にした黒人男性の発言の中で一番最悪。- アジーリア・バンクス(ラッパー/シンガー)

Dear black artists, dont talk down on the black community like you are Gods gift to niggaz everywhere.

親愛なる黒人アーティストたちへ。さも自分が神からのお恵みであるかのように、黒人コミュニティを説き伏せるのはやめてくれ。– キッド・カディ(ラッパー)

こうした反発は、ラマーに対する「BLM世代の代表」や「新たな黒人リーダー」というパブリックイメージが引き起こしたと考えることもできる。
2015年に発表された楽曲” Alright “は、現代版” We Shall Overcome “として全米各地の抗議運動で今もなお歌い継がれている。黒人コミュニティの代弁者であるはずの彼が、BLMに対して批判的あるいは懐疑的な眼差しを向ける理由は何か。次のセクションで詳しく見ていこう。

 

巧妙な楽曲展開

” The Blacker the Berry “というタイトルは、ハーレム・ルネッサンス期の黒人作家ウォレス・サーマンによる同名の小説から借用している。同小説は肌の色の濃さに起因する黒人間の差別( Colorism [3])を取り上げ、アメリカで黒人として生きるということを考える作品であるが、本楽曲は同様の主題を持ちながらも、 Black-on-black crimeと呼ばれる黒人間抗争の犯罪の問題喚起に主眼を置く。

このことを論じるにあたって、まず楽曲の展開について触れたい。ラマーはビートに乗せて終始激しい口調で怒ったようにスピットするが、注目すべきはラマーが声を届ける範囲が変化しているところである。

You hate me don’t you?
You hate my people, your plan is to terminate my culture
You’re fuckin’ evil I want you to recognize that I’m a proud monkey
You vandalize my perception but can’t take style from me
And this is more than confession
I mean I might press the button just so you know my discretion
I’m guardin’ my feelings, I know that you feel it
You sabotage my community, makin’ a killin’
You made me a killer, emancipation of a real nigga

俺のこと嫌いなんだろ?
俺たち黒人が大嫌い、俺の文化を終わらせようとしてる
お前らマジで悪魔だな、俺は誇りある猿なのさ
俺の視点をぶっ壊したって俺のスタイルを奪えやしないぜ
これは告白以上の話
俺は引き金を引いちまうかもしれないぜ、引きたきゃ引けるしな
自分の感情を守ってるのさ、分かってるんだろ
俺たち黒人社会を破壊して殺す
お前が俺を殺人者に仕立て上げたんだろ
リアルなn—aの解放さ

I mean, it’s evident that I’m irrelevant to society
That’s what you’re telling me, penitentiary would only hire me
Curse me till I’m dead
Church me with your fake prophesizing that I’mma be just another slave in my head
Institutionalized manipulation and lies
Reciprocation of freedom only live in your eyes

社会にとって俺が不適切なのは明らか
俺の行き場はムショしかないって言いたいんだろ
俺が死ぬまで罵ればいいさ
単なる奴隷に過ぎないと信じ込ませるような
あんたの嘘の予言で俺を縛り付けて
制度化された操作に嘘
自由の応酬なんて所詮空想さ[4]

以上はヴァース1, 2から抜粋した歌詞の一部である。ラマー扮する” I ”(俺)が黒人を代表するかのように“ You ”(お前)に物申している様子が見て取れる。ここでの“ You ”は「白人」や「アメリカ」と解釈することもできるが、ここでは広く「非黒人社会」としておく。

また、” I “は Black-on-black crime に手を染める黒人であろうことが窺える。ある種、投げやりで自暴自棄ともいえるような「被害者意識」に基づいたリリックを吐き出したラマーであったが、ヴァース3になるとその意識に変化が表れる。

Thinkin’ maliciously, he get a chain then you gone bleed him
It’s funny how Zulu and Xhosa might go to war
Two tribal armies that want to build and destroy
Remind me of these Compton Crip gangs that live next door
Beefin’ with Pirus, only death settle the score

悪魔の思考回路、チェーンを奪われただけで相手をすぐ殺っちまう
(南アフリカの)ズールー族とコーサ―族が戦争しようとしてるなんてな
築いては破壊するふたつの部族集団
コンプトンで隣に住んでたクリップ・ギャングを思い出す
パイルズ・ブラッズとビーフ、死のみが恨みを晴らす

衝動的に暴力という手段に出てしまうことや、南アフリカの部族の戦争とコンプトンのギャングの抗争を重ね合わせることは、ヴァース2までで自らが省みることのなかった Black-on-black crime という暴力行為の無益性を際立たせている。先ほどまでは「非黒人社会」という比較的広い範囲に向けて声を発していたラマーであったが、この部分になるとその範囲が狭まり、黒人社会の中で声をあげていることがわかる。それによってヴァース3ではヴァース2までの被害者意識は薄まり、反対に Black-on-black crime の加害者としての意識が顔を出すのである。

このように、後半部分へと進むにつれ客観性を増してゆくラマーのラップは、最後の一節で我に返ったような様子になる。

So why did I weep when Trayvon Martin was in the street?
When gang banging make me kill a nigga blacker than me?
Hypocrite!

ならなんで俺はトレイヴォン・マーティンが殺されたときに涙を流したんだ?
ギャング・バンギンで俺より肌の黒いn—aを殺してるっていうのに
偽善者めが!

トレイヴォン・マーティンとは2012年に人種暴力の犠牲者となった黒人少年であり、彼の射殺事件はBLMが全米規模へと発展する契機となった。ここでは、BLMと Black-on-black crimeを思わせる言葉を並置して語ることによってその矛盾性が浮き彫りになっている。言い換えれば、警官が振るう暴力と同様の行為を、近所に暮らす同胞の黒人に対して行っているにもかかわらず、BLMが警官からの暴力のみに非難の矛先を向けることの矛盾である[5]。ラマーがBLMに対して距離をとる所以はここにある。

 

自分語りの天才・ケンドリック

こうしてラマーは「声の届く範囲」を変えて楽曲を展開させることによって、BLMの偽善性と Black-on-black crime の無益性を同時に浮き彫りにして見せた。ところで、かなりメッセージ性の強い楽曲であるにもかかわらず、説教臭さや押しつけがましさを感じさせないのはなぜだろうか。その秘密はラマーの優れたレトリック、とりわけ人称代名詞(“ I, my, me, mine ”などと、英語の時間に唱えさせられたアレのこと)の使い方にある。

本楽曲においてラマーは、 Black-on-black crime に手を染める黒人の視点でラップをしている。しかし、TPABがリリースされた時点で彼はフッドで生活していないはずであって、日常的に Black-on-black crime に関与しているとも思えない。ならば、” I’m the biggest hypocrite of 2015 “(俺は2015年最大の偽善者)という一人称を使うのではなく” You’re (or Y’all are) the biggest hypocrite of 2015 “(お前(あるいはお前ら)は2015年最大の偽善者)と二人称を使用しないと不自然でなはいか。

心配ご無用。そうしたリスナーの素朴な疑問にもしっかりとアンサーをくれるのがケンドリック・ラマーという男である。ラマーはMTVによるインタビューで次のように述べている。

A few people think it’s just talk and it’s just rap; no, these are my experiences. When I say, ‘Gang banging made me killer a n—a blacker than me,’ this is my life that I’m talking about. I’m not saying you, you might not even be from the streets. . . . . . I’m not speaking to the community, I’m not speaking of the community, I am the community.[6]

中にはただ喋ってるだけとかただラップしてるだけだって思ってる人もいるみたいだけど、違う。あれらは俺の経験なんだ。俺が「ギャング・バンギンで俺より肌の黒いn—aを殺してる」って言った場合、それは自分の人生(≒経験)について話してるってことなんだよ。俺はあなたのことを言ってるんじゃない、あなたはストリート生まれじゃないかもしれないし。(中略)俺はコミュニティに対して言ってるんじゃない、コミュニティのことを言ってるのでもない、俺自身がコミュニティなのさ。

ここで重要なのは、ラマーが実際にギャング・バンギンをしたかどうかではなく、「俺自身がコミュニティ」という意味深長な言葉の方だろう。
彼はインタビュー等で度々「俺自身のストーリーは同時に、仲間のストーリーでもある」と発言しており、彼の経験を語ることは、仲間の経験を代弁することと同義である[7]。「俺自身がコミュニティ」説の真意はここにあるのではないだろうか。これが、ラマーが一貫して” You “ではなく” I “で語る、つまり自分(たち)の経験として語ることの理由であると考えられる。

 

まとめ

本稿はラマーのBLMとの距離感を起点に、” The Blacker the Berry ”が私たちにもたらす訓戒とは何なのかを解き明かすべく、ここまで考察してきた。
ここで冒頭のラマーの発言に戻ろう。” a rally “(集会/デモ)と” looting “(略奪)はそれぞれ、BLMとそれが暴動化した際に起こる事象を指している。

” What happened to [Michael Brown] should’ve never happened. Never. But when we don’t have respect for ourselves, how do we expect them to respect us? It starts from within. Don’t start with just a rally, don’t start from lootingit starts from within.

マイケル・ブラウンに起こったことは、決してあってはならないことだ。絶対に。でも自分たち(黒人)に自尊心がないのに、どうやって彼らにリスペクトしてもらうんだ?それは内側から始まるものだ。集会でも、略奪でもなく—内側から始まるんだ。”

” it “が何を示すのかを明らかにしていないが、社会変革を目指すBLMに対する発言であること、彼が日頃からインタビュー等で「内面の変化」「自己の変革」が必要であると述べていることに鑑みると、” it “が示すのは「変化/変革」であると推測される[8]。

「でも自分たち(黒人)に自尊心がないのに、どうやって彼らにリスペクトしてもらうんだ?それは内側から始まるものだ」というラマーの言葉はフッドの同胞たちに向けられたものである。そうした意識から生まれた” The Blacker the Berry “の最後の3行は、一人称” I “を使い自分ごととして物語ることで、私たちリスナーに「内側」への意識をもたらし、自らの内在的な暴力性に自覚的であることを促す訓戒なのである[9]。

[1] Gavin Edwards, “Kendrick Lamar Interview on New Album,
Police Violence, Iggy Azalea and the Rapture,” Billboard, January 9, 2015,
https://www.billboard.com/articles/news/
6436268/kendrick-lamar-billboard-
cover-story-on-new-album-iggy-azalea-police-violence-the-rapture. Accessed December 2, 2019.

[2] Daniel Hill, “Kendrick Lamar Addresses Criticism to His Ferguson Remarks With ‘The Blacker the Berry’,”
Riverfront Times, February 12, 2015, https://www.riverfronttimes.com/
musicblog/2015/02/12/
kendrick-lamar-addresses-criticism-to-his-ferguson-remarks-with-the-blacker-the-berry.
Accessed January 24, 2020.

[3] このことは次の記事に詳しい。堂本かおる,
「Aマッソ・金属バットの差別ジョークが許されない理由は『色の薄い黒人はマシ』『黒人は泳げない』
~アメリカの歴史を知ればわかる」『Wezzy』、2019年10月3日。https://wezz-y.com/archives/68671.
2020年1月28日アクセス。

[4] 歌詞はオリジナルの英詞・和訳詞ともに、国内盤『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』
(ユニバーサル・ミュージック、2015年)に付属する歌詞カードを参考にしている。

[5] 拙著「ヒップホップにみるアフリカ系アメリカ人の人種差別に対する抵抗 ― To Pimp A Butterfly (2015) を一例に ―」、2020年、12-13ページ。

[6] Rob Markman, “Kendrick Lamar Has Strong Words For His ‘Blacker The Berry’ Critics,” MTV, April 3, 2015, http://www.mtv.com/news/2123601/kendrick-lamar-billboard-blacker-the-berry-critics/. Accessed January 29, 2020.

[7] それでも気になる!という方へ。「じゃあ、こういうふうに表現しよう。俺は自分の血が流れるのを観たこともあるし、ほかの人が血を流す原因になったこともある、と。ほんの一瞬、地元の連中が感じているようなこと、『もうどうでもいい、知るか』というような思いが頭をよぎることは、俺にもある。
そういうときこそ、何かほかのことを起こす必要があるタイミングなんだ」。
Lisa Robinson, “Cover Story: The Gospel According to Kendrick Lamar,” Vanity Fair, June 28, 2018, https://www.vanityfair.com/style/2018/06/
kendrick-lamar-cover-story. Accessed January 21, 2020. 〈日本語訳〉
「Kendrick’s Ascendance ピューリッツァー賞を受賞したラッパー、ケンドリック・ラマーが語る『現代の福音』。」、
『VOGUE JAPAN』第234号(2019年2月)、234-239ページ。

[8] Alex Denney, “Kendrick Lamar Interview: The Compton King On Riches,
Responsibility And Immortality,” NME, July 14, 2015,
https://www.nme.com/features/kendrick-lamar-interview-the-compton-king-on-riches-responsibility-and-immortality-756812; Accessed December 2, 2019;
NPR staff “Kendrick Lamar: ‘I Can’t Change The World Until I Change Myself First’,” NPR, December 29, 2015, https://www.npr.org/2015/12/
29/461129966/kendrick-lamar-i-cant-change-the-world-until-i-change-myself-first; Accessed December 2, 2019; Brian Hiatt,
“Kendrick Lamar on ‘Humble,’ Bono, Taylor Swift, Mandela,” Rolling Stone, August 9, 2017,
https://www.rollingstone.com/music/music-features/kendrick-lamar-the-rolling-stone-interview-199817/. Accessed November 29, 2019; 拙著「ヒップホップにみる」、25ページ。

[9]“Kendrick Lamar Still Feels Anger & Hatred On ‘The Blacker The Berry’ (Pt. 3) ,
MTV, April 1, 2015, https://www.youtube.com/watch?v=BwXlimryKJM&t=64s. Accessed December 4, 2019.

 

WRITER : ヨシダアカネ
 
アイドルミュージックやPOPS、ROCKなど、多岐にわたるジャンルの音楽を熱心に聴く思春期を経てHIPHOPに出会う。
ダンサーとして活動するなかで、XXX-LARGEのMETH氏と出会いHIPHOPの歴史やその本質について考えるように。
元来、好奇心旺盛である彼女は、生粋のクラバーとしての童心はそのままにストリートカルチャーに没頭し、貪欲に知識を吸収し考察を行う。
現在は京都の大学院にて、黒人文化を中心とした研究を行ないながら関西各地のパーティに足を伸ばしている。
 
 
Twitter: @bonita_1123
Instagram: @akane.ysd

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