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愛ゆえにKanye Westが犯した過ち、あるいはその功績 | 救済を追い求める男が大統領に立候補するまで

July 25, 2020

音楽の良さを測る指標など所詮曖昧なものだ。

最も売れたアルバムならMichael Jackson『Thriller』
(6,600万枚)だし、Spotifyが2019年末に発表した2010年代に世界で最も再生されたアーティストならDrake(280億回)だ。辛口と言われるPitchfork誌が2010年代の作品として唯一10点満点を与えたからといって、Kanye Westの5thアルバム『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』が優れたアルバムであるということを示す十分な指標になるだろうか。

その価値判断は結局、個々人に委ねられるわけで、何を引き合いにしてもKanyeの音楽の素晴らしさを提示することはできない。ただ、彼が様々なシーンにおいて人々に不快な思いをさせ、顰蹙を買っている事実を述べることはできる。それはあまりに無視できないやり方で、ステージ上で、タイムライン上で、時にテレビ画面越しのホワイトハウス内で行われたりする。そして彼ほどに、その発言が実に系譜的で、行動の真意まで汲むことのできるアーティストもそう多くない。Kanye Westの悪名高い数々の暴挙と、取るに足らない彼の優しさを、音楽史に燦然と輝くその楽曲群を定点的な引き合いとして照らし合わせて追っていく。

Kanye Westとホワイトハウス及び他者との距離

2020年7月4日。Kanye Westは自身のTwitterを通じて2020年の大統領選への出馬を表明した。これに関しては刻一刻とその様相が変わっており、「何のマニフェストも打ち出していないのに本当に出馬する気があるのか」「4ヶ月後に迫った大統領選に対して実際問題それが可能なのか」などなどあらゆる批判と、それを検証するニュースが飛び交っていた。7月22日現在、結局Kanyeは大統領選に出馬を果たし、選挙集会で涙ながらに演説したという。

The Sun

Kanyeが現大統領であるDonald Trump支持を表明し、世間から大顰蹙を買ったことは記憶に新しい。Trump大統領のキャッチフレーズである“Make America Great Again”(アメリカを再び偉大に)と書かれた赤い象徴的なキャップ(通称:MAGAキャップ)を被ってあらゆるメディアへ出演していたのは、8thアルバム『ye』の発売が迫った2018年のこと。久方ぶりに公衆の面前に現れたかと思えばMAGAキャップを被っていたKanyeの行動を訝しむのはまだ早い。その真意を確かめるために、あらゆるメディアが彼に質問を投げかけた。その時事件は起こった。TMZの番組内で行われたインタビューにおいて、彼は「奴隷制は選択だった」と発言したというのだ。

昨今のBlack Lives Matter運動(黒人の命も大切だ)が起こったことに代表されるように、アメリカにおいて“黒人”と称されるアフリカン・アメリカンたちには、アメリカ合衆国創国以来虐げられてきた悔しい歴史がある。Kanyeの発言に対してTMZの黒人スタッフは咄嗟に反論した。

あなたとは違って私たちは世の中にある脅威と戦わなければならないんだ。あなたが”選択”だと言った400年も続く奴隷制によって、(黒人は)疎外感に悩まされ続けているんだ。全く失望したよ。 

Kanyeはこの反論に対して「傷つけてしまって申し訳ない」と謝罪しており、後日地元シカゴのラジオ番組に出演した際にも謝罪の意を述べてはいるが、あまりに衝撃的な発言にその信用は今も完全に回復できたとは言えないほど非難の的となった。

Kanyeはその批判を受けたのちも懲りずにTwitterを通じて自己弁護を行ったり、問題発言の直前にリリースされたT.I.と政治的な議論を繰り広げるという形をとった「Ye vs. The People」でもあくまでTrump擁護の形をとっている。

唯一、この一連の言動に関して彼が一貫していることと言えば、「「愛」に基づく」という実に抽象的な概念によって突き動かされているということくらいである。この騒動に埋もれてしまったが、同時期にKanyeは哲学書と称して持論をTwitterで展開し続けていた。代表的な一説として母 Dondaの命を奪った原因だとされる美容整形外科医 Jan Adamsのマグショットを、アルバムのジャケットとして採用するという趣旨のメッセージを公開したものがある。

Jan Adamsの画像に続いて「母の最後の手術を執刀したこの医師をジャケットにしたい」「許したい、憎しむことはもう終わりだ」「何かタイトル案はある?」というKanyeに対してメッセージ相手は「Love Everyone(すべての人を愛する)」と返答。最終的にはJan Adamsがそのアイデアを取り下げることを要求したために改変され、『ye』としてリリースされるに至ったのだった。

先述した「Ye vs. The People」においても「“アメリカを再び偉大に”はネガティブに捉えている」「共感と思いやり、愛と優しさを加えたんだ」というリリックを書き記しており、Trumpを擁護しつつ、そこには「愛」が欠如していることを唱えた。

「奴隷制は選択だった」という発言に関しても、要は「アフリカン・アメリカンたちは奴隷であったという過去によって、自ら思考を制限してしまってはいないか」と訴えたかったことがインタビューの全容や、後の自己弁護をたどることで見えてくる。一連の騒動は、Kanyeが「憎しみ」に従うことなく、「愛」を持って対等に接することこそ、全人類の救済につながるという信念を、言葉足らずに強引に伝えようとしたことによる報いであったのだ。

 

雇われの身だったカニエ・ベアーがGAPを救うまで

大統領選出馬発表の数日前、自身も学生時代にアルバイトとして働いていたアパレルブランド GAPとの10年に渡るコラボレーションをすることを発表したことについても触れておきたい。

Kanye Westのファッションセンスは、彼がラッパーとしてシーンに登場した当時から注目されていた。「カニエ・ウェスト論」を翻訳した池城美菜子さんが、当書の巻末に自身がbmr誌に寄稿していたコラムから引用する形で、1stアルバム『The College Dropout』でデビューしたてのKanyeのファッションについて触れている。 

蟹江君はファッションセンスも独特だ。ラルフ・ローレンのラガーシャツの重ね着にグッチのバックパックで「俺が一番オシャレ」と言い切る。リリースに合わせたウェブスター・ホールでのライヴで私の背後にいたゲットー系姉御は「ハンサムなのにマヌケな服装ね」とバッサリ斬ってましたが。

Kanyeのファッションスタイルを評価する上で、“ゲットー系姉御”の発言が当時の総意と言い切ることはできないが、『The College Dropout』のジャケットなどにも通ずる過度なラルフ・ローレン推しが異様であったと想像するのは容易である(ちなみに現代アーティスト・村上隆によって、3rdアルバム『Graduation』に通ずるKanyeをキャラクター化したカニエ・ベアーのアニメが作られることが発表されており、未だにKanyeのポロベアへのこだわりは健在である)

block.fm

また、その後のKanyeとファッションの関わりを語る上で欠かせない人物がいる。それは、Off-Whiteの創始者であり、現Louis VuittonメンズウェアディレクターであるVirgil Ablohの存在だ。KanyeとVirgilの出会いは2002年であると言われている。彼の才能にいち早く気付いたKanyeは、ツアーグッズや衣装、ステージのデザインなどビジュアル面を広くVirgilに任せていた。

2人がファッションシーンと深く関わりを持つこととなった明確な出来事として、2009年にFENDIのインターンに参加したことは有名である。Virgilはまだしも、すでに4枚のスタジオアルバムをリリースし、名実ともに認められていたKanyeまでもが、他のインターン生と同様に月給500ドルで9時17時の労働をしていたというから驚きだ。しかし、そこまでしてでも二者には学びたいことがあり、その頃からファッション業界に自分たちの意見を提言までしていたことがZane Loweのインタビューによって明かされている。

俺とVirgilはローマでFENDIに何度も何度もデザインを提案したけどその度に却下された。

それからのKanyeは着実にファッション業界において頭角を現していくこととなる。FENDIのインターンに参加したのと同年、今や伝説的一足として語られ「YEEZY」の名称が初めて広く知られることとなったNikeとのコラボシューズ「NIKE AIR YEEZY」が発売される。後年そのプロダクトの美しさと、ビジネスの成功に対してForbes誌にこう語っている。

エアジョーダンに匹敵する衝撃をもたらした初めての靴だったんだ。そして俺はもっとすごいことをしたかった。

それを受けてKanyeはAir Jordanが5%のロイヤリティーを得ていることにならい、Nikeに対してロイヤリティーを支払うことを求めた。しかし、アスリートでないことを理由にNike側はKanyeの要求を拒否。前出のZane Loweのインタビューにおいて、自身の体験を引き合いにその悔しさも証言している。

YEEZYを作ってもNikeとその後、ジョイントベンチャーの契約が取れなかったってことは、「Jesus Walk」を出した後にアルバムを作らせてもらえないことと同じなんだ。

そのネームバリュー欲しさに利用され、自らのクリエイティビティを否定されてしまったKanyeは、ファッション業界からの抑圧を度々受けることとなった。2010年、5thアルバム『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』に自らの心に巣食う闇から何まで、すべてを詰め込んだKanyeは、Virgil Ablohらとともに自らファッションブランドを立ち上げることを決意する。

母 Donda Westの名前をとって「DW」と名付けたレディースブランドを、2011年10月のパリコレクションにおいて披露した。その後A.P.Cとのコラボコレクション「A.P.C. KANYE」などの発売を経て、ファッション業界との関わりをより強固なものとし、ファッションへの熱意を深めていったKanyeの想いは、ついに理想的な形を成す。adidasとのコラボレーション及びYEEZY BOOSTの誕生である。


HYPEBEAST

Kanye Westの曲は知らなくても、YEEZY BOOSTは知っているという方も多いのではないだろうか。

今や、出自はラッパーやプロデューサーであれ、Kanyeを形容する上でブランドディレクターであるという側面は欠かせないものとなった。2019年9月にForbes誌が発表した「最も稼ぐヒップホップアーティスト」ランキングにおいて、1億5000万ドルを稼いだとして首位を獲得しており、その勝因にはYEEZYの売り上げが大きく貢献したと推測されている。今でこそYEEZY BOOSTをはじめとするYEEZYブランドは確固たる地位を築いているが、シューズブランド及びファッション業界におけるKanyeの立ち位置も、あらゆる変遷を経て今日があるのだ。

KanyeとVirgilが勝ち得た今日までを物語るワンシーンが、VirgilのLouis Vuittonでの初コレクションにおいて記録されている。Off-Whiteの成功によって黒人初のLouis Vuittonメンズウェアデザイナーに就任したVirgilのデビューコレクションのテーマは「We Are The World」。アジア人をはじめ各国のモデルを起用するなど、印象深いコレクションとして大成功を収めた。コレクションの終わりにVirgilは拍手喝采を浴びる中、笑顔で観客に応えながら真っ直ぐにランウェイを行く。その先にはKanye Westが待っていた。そして2人は人目も憚らず泣いて抱き合ったのだ。出自や肌の色によって虐げられ、アイデアを口に出そうものなら弾圧されてきた彼らの悔しい歴史、そしてその勝利を物語る尊い瞬間であった。

では、なぜKanyeやVirgilはそんな風な抑圧を受けてまで、ファッションという分野にこだわりを見せたのか。ただのファッション好きという枠組みでは、その熱意を察するに余りある。以下2020年初頭に掲載されたLALA magazineのインタビューに対してKanyeの発言。

クロコダイルなどのエキゾチックな生地で最初にファッションショーをやった時は「お前はこの業界に入っちゃダメだ」とか、「お前はこれには関わっちゃいけない」とかそういうのばかり言われた。 

プロデューサーとして名を挙げたばかりの頃のKanyeは、ラッパーとしての契約を結んでもらえず苦しんだという。学生時代には、バスケ部でシュートを全て決めたのに、コーチが「もう決まったことだから仕方ない」とレギュラーにしてくれなかったと言うエピソードも語っている。そんな風に抑圧されてきた歴史を覆すため、Kanyeは常に抗い、異常なまでの反骨心によって全てを形にしてきたのだ(そんなKanyeが他者を怒りに駆り立てるような粗暴な発言を繰り返すのもおかしな話だが)

またKanyeは度々、自身とSteve Jobsを同列で語る。それはiPhoneのような素晴らしいプロダクトをあらゆる人に届けるようにYEEZY BOOSTを広めることであり、ビジネス的に苦しかった時期のAppleを救ったようにGAPのブランド価値を取り戻すことを、Steve Jobs的に実現できると彼自身が信じているからこそである。そのマインドは、2013年にNikeとの契約が破綻し、新たにadidasと契約を結んだ当時から持ち合わせていたようだ。以下は6thアルバム『Yeezus』

リリースに際して行われた、Zane Loweのインタビューにおける発言。

俺はレベルの高い商品を、ファッションの世界だけじゃなくて現実の世界に向けて作ろうとしてるだけさ。だって、人は言うだろ?世の中は不公平だって。 

近年のKanyeは絶えず、困窮している人々を救うことを唱えている。その代表的な例こそSunday Service(日曜礼拝)であり、信仰も祈祷も必要としない、ただただ音楽によって人々を救済しようという試みである。その精神による実践的な方法こそがファッションであり、建築なのだ(Kanyeはホームレスのためと称して謎のドーム型住居を造っている)

シーンに登場した当初の一風変わったスタイルは、あくまで自身の美意識の追求であったものと思われる。しかし、生きていく中で他者からの抑圧や、惨めな想いを知り、いつしか救済へと目的がシフトしていったのだ。GAPが展開する商品の価格帯から察するに、Kanyeが目指してきた多くの人に良質な衣服が行き渡る未来が、遂に実現しようとしているわけである。


 

愛されることを望み続けるKanyeが聞いた福音

大統領選出馬を表明した数日後、「DONDA」と題された楽曲のティザーを公開した。繰り返しになるが、「DONDA」とはKanyeの母の名である。1977年6月8日、Kanye Omari West はこの世に生を受ける。大学英語教師である母 Dondaと、地元紙の報道カメラマンである父 Rayは、息子の生後すぐに離婚することとなり、Kanyeは母とともにイリノイ州シカゴに移住する。2007年11月、母 Dondaは美容整形手術を受けた直後、合併症を引き起こし急死した。最愛の母の死後、婚約者との関係解消など精神的に追い込まれたKanyeは喪の作業的に4thアルバム『808s & Heartbreak』を完成させる。アルバム全体にオートチューンを使用したメロディアスな内容はラップとポップスの境界を曖昧にし、その大胆な作りは今のシーンにも多大な影響を及ぼすわけだがそれはまた別の話。

Kanyeはこれまでにも母や家族を題材にした作品を多数生み出している。「Hey Mama」という曲は2005年リリースの2ndアルバム『Late Registration』に収録された楽曲でありながら、後年のライブでも度々披露されている。2014年大晦日にリリースされたPaul McCartneyとの共作曲「Only One」は天国にいる母 Dondaの視点で歌われる楽曲である。 

Hello, my only one, remember who you are
You got the world cause you got love in your hands
あなたは私のオンリーワンよ、忘れないでね
あなたは愛に溢れているから、地球はあなたのものなのよ 

Kanyeは本楽曲の製作中、ふと“Hello, my only one”というフレーズを口にしたが、それは決して意識的なものではなかったという。「母が俺に、また俺を通して娘に歌っていた」というKanyeの発言を嘲笑するのは、楽曲を聴いてからにした方がいいかもしれない。Dondaが名付けた“Kanye”とは、スワヒリ語で“the only one”という意味を持つ。あらゆる喪失を乗り越えた先で妻 Kim Kardashian と結婚し、娘 Northを授かり、渇望していた「愛」を手に入れることとなったKanye。無自覚的であったかもしれないが、家族を持つことで得た紛れもない多幸感によって本当に亡き母の声が聞こえたのだとしたら、「Only One」は自然と聴く者の体温と重なるはずだ。

Kanye Westによる「愛」の実践が向かう先 / 私たちはKanye にどう向き合うか

Kanyeの兄貴分であるJay-Zは、Kanyeが「俺はシカゴの救世主だ」とデビュー前に豪語していたことを『デヴィッド・レターマン:今日のゲストは大スター』という番組内で語っている。ラッパーとしてデビューする前から(この頃のKanyeはエゴによって突き動かされていた部分も大きいが)、他者の救済を唱えていたことを示す重要な証言だ。

Kanyeは自己表現と同様に、常に人々に力を与えることにも注力してきた。1stアルバムのテーマは「人生を自分で選択をする事の大切さ」であると語る。ガラスの天井をいくつも打ち破ってきたという彼の言葉には、これまでに述べてきたようにあらゆる改革を実現してきたことによる真実味がある。音楽的な革新はもちろんのこと、YEEZYブランド特有のくすんだ自然色の呼称はまだこの世界にないかもしれない。それは肌の色や出自によって受けるあらゆる抑圧を、自ら行動して覆していくことそのものだった。誰もがKanyeみたいに強くはないし、自分で人生を切り開いていく術も持ち合わせてないと悲観的にもなりたくなるが、彼はそんな人々の想いこそを救いたいのだろう。2019年10月、9thアルバム『Jesus is King』リリース直後のBig Boyとの対談での発言はこうだ。

最もレイシスト的な行動は“人種を理由に俺の選択の基準を規定する”ことだ。(中略)去年、世間の人々は俺が黒人だからという理由で、俺がどこの政党に投票するべきか口々に言ってきた。今年はどうだ。俺がクリスチャンだからって、白人のリベラル層は俺の支持政党を決めようとする。

自分が信じるものを他者に決めさせてはいけない。人々が持つステレオタイプ的な考え方の枠組みを外すことは、今の彼が取組んでいるライフワークの重要な一つだ。

正直、そんなKanyeの素敵な側面ばかりを褒めちぎりたい。彼の高い音楽性と、家族愛と、ファッションセンスと、ささいな優しさにだけ触れていたい。しかし、実際に選挙活動を始めたKanyeの発言の多くは、好意的に受け取れるものではなかったし(それは今に始まったことではないが)苦しいけれど、やはり批判的な態度をとらざるを得ない。「どうか躁鬱病のせいであってほしい、音楽やファッションなどアーティスト活動に専念してほしい」と願うKanyeファンも少なくないはずだ。それでも現実にKanyeは大統領候補として発言し、ネットニュースに当たり前のように悪く書かれ、タイムライン上で揶揄される。

どうにか折り合いをつけようとする私は、彼を通して、好きな人にも時として批判的になることの必要性を学ぶことにしている。Kanyeのファンでいる以上、盲目的であることは決して許されない。Kanyeの発言すべてに賛同することほど“悪”なこともないからだ。皮肉にも、今年初頭にGQが敢行したインタビューにおいて、盲目的に生きてきたことをKanye自身も反省している。 

盲目的な信仰を持つことこそが究極の自信なんだ。時にそれは傲慢のようにも思えるけど、傲慢というのは神のために働かない時にこそ生まれるんだと思う。俺は確かに自分のエゴのために動いていた。それは言葉を変えれば、悪魔のために奉仕していたのと何ら変わらない。

ただ、Kanyeと対峙した時、感受性を持たずにはいられないことも事実だ。それはファンでありながら、盲目的でない状態でいられる唯一の道である。彼のその言葉足らずな攻撃的な発言に至った経緯、思考の過程を推し量る努力をする余力が、Kanyeのことを知りたいという感受性によって生まれる。たどったところで、彼のことを許せるケースなどほとんどないに等しいかもしれないが、それでもKanyeなりの「愛」を貫き通す姿勢が垣間見えたりする。その時初めて、この世に一元的な悪はないということを学ぶのである。

こうして本稿を書いている最中にもKanyeは実際に大統領選に出馬し、批判の飛び交う演説を行っている。その一つ一つに目を向けられていない自分も結局はずるい人間である。こんな風にKanyeのことを好きなことで自己否定に陥ってしまうのであれば、「ファンなどやめてしまった方がいい。あの時キャンセルカルチャーに便乗しておけばよかった」と悔やまれることだってある。

Kanye Westのファンでいることほど辛いこともない。彼の粗暴な発言や行いは全て注目を得るためで、パフォーマンスの一環であるという狡猾的な悪意が見え透いていたらどれほど楽だっただろうか。しかし、そんな打算的なやり方であったら、我々がこれほどに彼の一挙手一投足に注目しているはずもないのだ。彼自身が本心で伝えたいことを表現し続けているからこそ我々は魅せられたのだし、そんな厚顔無恥な生き様こそ何よりもKanyeをKanyeたらしめているのだ。

彼が説く出自にも肌の色にも依ることなく自分自身で信じるものを決め、表現していくことに倣うとするならば、そんな彼の今日の“問題”発言を否定することこそ、我々Kanyeファンができる彼の教えに従う最善であるように思う。Kanyeの説く、愛の実践である。

明日のタイムラインを騒がす彼の次のツイートにも、きっと我々が納得出来るだけの思考の過程と「愛」の精神が内包されていて、それが明るみになる日がそう遠くない未来に訪れることを祈るばかりである。

Credit

Writer : Sora Imaizumi

 (IG : @soraimaizumi

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