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「TENET テネット」| クリストファー・ノーランとトラヴィス・スコットを繋ぐ点と線

November 28, 2020

「TENET テネット」は映画界のヒーロー? 

2020年3月以降コロナの襲来によって映画界は焼け野原のような状態に陥った。映画館は一時的な封鎖を命じられ、「007 ノータイム トゥ・ダイ」、「ワンダーウーマン1987」、「トップガン マーヴェリック」等、様々なブロックバスター超大作の新作の公開が危ぶまれる。2010年代以降劇場から配信への移行は急激に進んでいった訳だがコロナはそれを更に加速させる事になった。そんな中、頑固に「絶対に今年、劇場で公開するんだ!」と主張し続ける男がいた。クリストファー・ノーランである。

TENET

結果として彼の新作「TENET テネット」は2020年の3月以降初めての”ハリウッド超大作”としてヒーローの如く颯爽と登場した。しかし、「TENET テネット」は映画界のヒーローと呼ぶにはあまりに異様な出で立ちをしていた。ノーランのスパイ映画に対する偏愛と時間への執着をミックスした異様な脚本。そして時間軸を無軌道に行き交う異様な編集。その異様さ故に凄まじい数の批判と賞賛がノーランへと向けられた。

毎回公開される度に賛否両論を生むノーラン作品だが、「TENET」は過去作以上の大きなリアクションを生んだ。それ程の熱量を生んだのは、作品自体の奇妙さや人々の大作への渇望という事以上にこれまでとは異なる客層を巻き込んだ事も大きいだろう。何せ、主題歌はあのトラヴィス・スコットなのだ。 

トラヴィス・スコットと「TENET テネット」の遭遇 

今年の8月22日に「TENET テネット」の主題歌として配信されたトラヴィス・スコット「ザ・プラン」は映画ファン、音楽ファン双方から大きな驚きの声を上げさせた。これまで一度もノーラン作品では何らかの主題歌が起用された事は無い。初の主題歌である上にそれを担当するのは現在のラップ・ミュージックのシーンにおいて最も勢いのあるラッパーの一人、トラヴィスだった。

トラヴィスは今年だけでもフォートナイト、マクドナルドと様々な分野でコラボを繰り広げ縦横無人な動きを見せたが、ノーラン映画とのコラボは誰も想定できなかったはずだ。ノーランはこの曲について「『TENET テネット』における最後の重要なピースだ」とコメントし、世界中の観客の期待を一気に引き上げる。

しかし、ここで”何故トラヴィスが「TENET テネット」に参加する事になったのだろうか?”という疑問が生じる。まずノーランがトラヴィスを起用したとはとても考えられない。おそらく彼は生粋の映画青年でありトラヴィスどころかラップ・ミュージックやブラック・カルチャーに関する興味はほとんど無いだろう(ノーランがクラブでラップを聴いて踊っている様を想像してみて欲しい。強烈な違和感があなたを襲う)。

では「TENET テネット」とトラヴィスを結び付けたのは何か?その鍵を握るのは今作のスコアを担当するルドウィグ・ゴランソンである。

キーマン、ルドウィグ・ゴランソン

2014年に発表されたラッパーにしてアクターであるチャイルディッシュ・ガンビーノ(ドナルド・グローヴァー)の楽曲「ディス・イズ・アメリカ」、その翌年に公開されたライアン・クーグラーの映画「ブラックパンサー」の音楽。前者はヒロ・ムライによる黒人社会のリアルを毒っ気のあるユーモアと共に描いた刺激的な内容のビデオと共に発表され、大きな話題を呼び、世界中でナンバーワン・ヒットを飛ばしグラミーでは最優秀レコードと最優秀楽曲賞を受賞。後者はマーベル映画と言う現代のエンタメの頂点にあるフォーマットの中に複雑な黒人コミュニティをを投影させた意欲作で、爆発的なヒットを記録する。サウンドトラックはアカデミー賞作曲賞、グラミーで最優秀ラップ・パフォーマンス賞と最優秀映像スコア賞を受賞した。

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こうした近年のラップ・カルチャーにおいて重要な作品群のプロデュースを務めているのがルドウィグ・ゴランソンという映画音楽家である。彼は前述した一連の仕事の他にもチャンス・ザ・ラッパーが一躍名を轟かせるきっかけとなった2013年のミックステープ『アシッド・ラップ』のプロデュースや、同年に公開されたライアン・クーグラーの映画作品「フルーベルト駅で」のサウンドトラックのプロデュースも務めてきた。現代のラップ・シーンに身を置きつつ、映画音楽も務めるという動き方は、まさにシーンの橋渡し的な存在と言っていい。

ハンス・ジマーは2005年の「バットマン ビギンズ」から2017年の「ダンケルク」に至るまでノーラン作品の音楽を担当し続けていた。しかし、彼は前述したような「007」、「トップガン」といった数多のブロックバスター大作の新作の映画音楽を全て引き受けている。おそらく、そうしたスケジュール上の都合によって彼は「TENET」に参加できなくなったのだろう。完全にワーカホリック状態である。そんなジマーの代打として登場した訳だが、ルドウィグの作り出す映画音楽はノーラン作品に新たな風を吹き込み、「TENET テネット」の大きな魅力の一つとなっている。

ルドウィグの映画音楽に用いられた、ラップ・ミュージックの手法

我々がノーラン作品の1シーンを思い出す時、「ズゥゥーン…」という異常な低音がそこに存在しているはずだ。メロディではなく音自体の圧迫感を強調したノーラン作品におけるハンス・ジマーの仕事は映画音楽のシーンに革命を起こした。何より、当のジマーが盟友ノーランとの仕事を断らざるを得ない状況が端的にジマーの偉大さを示しているだろう。

ルドウィグは「TENET テネット」においてジマーのやり方を受け入れつつも新たな音像を開拓した。ビリビリと存在感たっぷりに鳴らされる強烈なシンセ音、そして「編集」という感覚を取り入れる事でルドウィグ独自のサウンドが展開されている。強烈なシンセ音に関しては、そのどこかレトロな音色から80年代のアメリカ映画のサウンドトラックに元ネタがあると考えられる。代表的な例としては、ノーランが影響を公言するマイケル・マンの1981年に公開された作品「ザ・クラッカー 真夜中のアウトロー」におけるタンジェリン・ドリーム、或いは1982年に公開されたリドリー・スコット「ブレードランナー」におけるヴァンゲリス等のサウンドトラックが挙げられる。その当時用いられていたようなシンセの質感をルドウィグはより暴力的にアップデートさせた。

そして、音を「編集」する感覚の元にはルドウィグが活躍してきたラップ・ミュージックの手法がある。その関係が「TENET テネット」のスコアにおいて最も顕著に見出せるのはスコアが逆再生されるという点である。全曲が逆再生されたサウンドトラックまで配信されており、作品にとって逆再生という概念は大きな主題でもある。

ラップ・ミュージックが生まれようとする黎明期70年代の後半、ターンテーブルを使い即興で音を「編集」していく手法が生まれる。スクラッチだ。グランドマスター・フラッシュやアフリカ・バンバータ等先駆者たちによる音を逆再生させていく発明である。スクラッチはトレンドがスピーディに変化するラップ・ミュージックにおいても、過去の異物ではなく、現役で用いられる手法だ。今年発表されたラップアルバムでは2チェインズの『ソー・ヘルプ・ミー・ゴッド!』に収録されている「セイブ・ミー Feat. ヤング・ボーイ・ネバー・ブローク・アゲイン」やミーガン・シー・ステリオンの『グッド・ニュース』に収録された「ガールズ・イン・ザ・フッド」等でスクラッチの使用が確認できる。

そうした事実を踏まえるとルドウィグがスコアに逆再生という「編集」する感覚を取り入れたのは自然な現象だと言えるだろう。現行のラップ・ミュージックと映画音楽のシーンを横断するルドウィグだからこそ生み出せた音像である。そしてトラヴィスが「TENET」に参加した要因も、ラップ・ミュージックにルーツがあるルドウィグによるスコアの音像に共鳴したからだと考えられる。トラヴィスはラッパーであると同時に出自はトラックメイカー/プロデューサーである。現行で活躍している他のラッパーよりもサウンドの質感に対する感度が強い彼だからこそ、このコラボは実現したのだ。

「インセプション」と「スクリュー」

ルドウィグやトラヴィスと組む以前にも、過去のノーラン作品においてラップ・ミュージックの手法に近い試みが見出せる。チョップド&スクリューである。これはトラヴィスの故郷ヒューストンから生まれた、楽曲のピッチを極端に落とし、更に半音ずらしてミックスを施す手法だ。安価なドラッグとして現在に至るまでアメリカで流行しているコデインをキメた時のクラクラするような酩酊感を音で表現するために開発されたものである。「スクリュー」という命名は手法の考案者であるDJスクリューに由来する。

ちなみにトラヴィスは2018年に発表したアルバム『アストロワールド』においてDJスクリューを偲ぶ意図で製作された「R.I.P.スクリュー」という曲を収録している。それだけ現代のラップシーンにおいても重要な手法なのだ。最近発表された新譜で言えば21サヴェージ & メトロ・ブーミンの『サヴェージ・モード2』で、アルバム1枚丸ごとチョップド&スクリューを施したバージョンが発表されている。

2010年にノーランが発表した「インセプション」で、エディット・ピアフの「水に流して」という楽曲が流され、再生スピードが徐々に落とされていくシーンがある。夢の階層を降りていくにしたがって、時間の流れが歪んでいくトリップ感を表現するための演出だ。これは奇しくもチョップド&スクリューに近い試みである。また、2017年の「ダンケルク」においては、「エニグマ変奏曲 第9変奏ニムロッド」という楽曲の一部が抽出され、引き伸ばされて使われてもいる。音楽のリズムを編集する試みはノーランの過去作でも行われていたのである。

おそらくブラック・カルチャーに何の興味もないであろうノーランがラップ・ミュージックの手法に接近していた事実は奇妙だ。しかし、こうしたノーランの時間に対する執着が、ルドウィグのスコアにおける「逆再生」というアプローチを形成していったとも言えるだろう。「観客を巻き込んで疑似体験させたい!」というノーランの意思にラップの手法は見事にハマったのだ。

ちなみに、映画音楽において「スクリュー」を用いる事は最近増えている。近年で言うと2017年に公開されたバリー・ジェンキンスの「ムーンライト」や今年公開されたトレイ・エドワード・シュルツの「WAVES ウェイブス」等主にブラック・カルチャーを描いた映画で用いられる事が多い。「TENET テネット」を含め、黒人の俳優や映画作家が活躍する近年の映画界における、一つの潮流であるという事にも触れておきたい。 

映画とラップ・ミュージックの共鳴

そうしたルドウィグのキャリアや音作り、作品の内容を踏まえるとトラヴィス・スコットという現在のラップ・ミュージックのスターが主題歌に起用されるのは驚くべき事では無いと判るだろう。トラヴィス・スコットとクリストファー・ノーランという本来であれば交わる事は無かったであろう二人の才能が結び付く裏側にはルドウィグ・ゴランソンの存在があった。そして、ルドウィグ・ゴランソンとトラヴィスを結び付けるのはラップ・ミュージックの手法だったという訳だ。

「TENET テネット」の成功によって、今後も映画作品においてトラヴィスのようなラッパー達の活躍は目立っていくだろう。映画とラップ・ミュージックはどちらも歴史が浅く発展途上のカルチャーである。だからこそ軽々と、カルチャー同士を横断するようなコラボレーションと進化が可能になる。今年だけでも前述した「WAVES ウェイブス」を始め、ジョナ・ヒルの「Mid90s ミッドナインティース」、オリヴィエ・ワイルドの「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」等音楽においてラップ・ミュージックが全面的にフューチャーされた作品は数多く存在する。コロナ以後社会の在り方が変わってしまった世界の中でも、我々は異なるカルチャー同士の横断を見届けていきたい。

Credit

Writer : 朝田圭彦
Edited by : SUBLYRICS

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