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Album Cover

アートワークから学ぶプロテストソング
黒いCNNの「顔」を紐解く

August 06, 2020

連載<COVERartwork>では、作品単体のアルバムカバーアートにフォーカスして、そこに秘められたアーティストの想いやメッセージを考察しているが、今回はカバーアートを通して社会に向けてメッセージを発している複数の作品に触れたい。

ヒップホップの前身であるソウルやファンク、ジャズミュージックにおいてもカバーアートを通して政治的・社会的なメッセージを発信している作品は多く見受けられる。だが、今回一般的にヒップホップが誕生したと言われる1973年から現在に至るまでにリリースされたラップミュージックに焦点を絞り、時系列順に考察していく。

さっそく作品を見ていこう。

It Takes a Nation of Millions to Hold us Back – Public Enemy (1988)

ニューヨーク州ロングアイランド出身のヒップホップグループPublic Enemy(パブリック・エネミー)が1988年にリリースしたセカンドアルバム。

メンバーのChuck D(チャック・ディー)とFlava Flav(フレイヴァー・フレイヴ)がマンハッタン地区の拘置所に投獄されている姿を描写している。Flava Flavが首からかけているのは彼のアイコンである時計。当時はストップウォッチを首からかけるのが流行っていたが、ある日ハイになった麻薬常習者に時計に変えられ、それが彼のアイコンとして定着したそうである。

そんな彼らがなぜ拘置所に投獄されているかというと、そこには当時の大量投獄をはじめとした、いかに黒人コミュニティが国家に不適切な扱いを受けているかという社会問題が背景にあるのである。実際に「Black Steel in the Hour of Chaos」では黒人の大量投獄の問題とそれに対する自分たちの音楽表現の強さを歌っている。

Marvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)の『What’s Going On』に匹敵するような、社会にアジテーションするために制作された本作のタイトルは『Yo! Bum Rush the Show』に収録されている「Raise The Roof」からの引用。直訳すると「俺達を止めるには何百万人の人々が必要だ」となり、黒人コミュニティの革命を止めるにはただひたすらに自分達を刑務所に投獄するのではなく、他の手段(=アメリカ社会がまず人種差別をやめ、白人警官が暴力を振るわないようにすること)があると言うことを反抗的に伝えているのである。

Straight Outta Compton – N.W.A (1988)

カリフォルニア州コンプトンで結成されたヒップホップグループN.W.A(Niggaz Wit Attitudesの略)が1988年にリリースしたファーストアルバム。

ギャングに銃を突きつけられ今にも殺されそうな人の視点を描写した本カバーアートは、実際は白人の警官に捕まった黒人の視点を描写しているのである。当時の「白い」アメリカ社会に対して、黒人コミュニティが抱えている恐怖を痛烈に植え付けようとしているのである。

写真は白人の写真家Eric Poppletonが撮影を担当した。本人曰く、当時はお金もなく撮影機材は最低限で、ロケーションもロサンゼルスの路地裏で撮影したので、まさか自分が撮影したお世辞にも映えない写真が「ベスト・ギャングスタラップ・アルバムカバー」を受賞する等、歴史に残るアイコニックシンボルになるなんて想像すらしていなかった、とのこと。余談だが、Eazy-E(イージー・イー)が向ける銃に実際に銃弾が入っていたかどうかは分からなかったという。

The Miseducation of Lauryn Hill – Lauryn Hill (1998)

ニュージャージー州出身のR&BシンガーLauryn Hill(ローリン・ヒル)が1998年にリリースしたデビューアルバム。

翌年のグラミー賞では、女性アーティスト史上初の5部門を受賞し、20年以上経った今でも色褪せない90年代ネオソウルのクラシックとも呼べる本作のカバーアートは、本人の顔をスクールデスクに彫ったシンプルなデザインとなっている。

彼女はタイトルの「Miseducation」の意味を次のように説明している。

「それは決して私が学校で誤った教育を受けたからとかそういうことを言っているわけではないの。それは人生においての自らの志や夢を見つけて欲しいメッセージを表しているの。一人一人が強くいて自立すること、自分の道や運命は自分で選べるということを知って勇気を出してもらいたいの。」

「Everything is Everything」でも歌われているように、ゲットーの若者の運命はアメリカ社会の権力によって決められてしまっていた。本来であれば、然るべき教育が平等に行われ、何かを挑戦できるチャンスに恵まれているべき社会。当時のアメリカ社会がそうではなかった故に、簡単に罪を犯して生きたり、そのような偽り(ステレオタイプ)の役割を半強制的に担うことになっていた現状に対して疑問を唱えたのである。

カバーアートの彼女の表情は、ゲットーの黒人コミュニティに対して教育の本質を与えようとしないアメリカ社会に対する嘆きや意義を唱える彼女の想いを物語っているのではないだろうか。

Things Fall Apart – The Roots (1999)

フィラデルフィア出身のドラマーQuestlove(クエストラブ)とラッパーBlack Thought(ブラックソート)を中心に結成された、アメリカのヒップホップ・バンドグループThe Roots(ザ・ルーツ)の4作目となるアルバム。

本作は、当初5つの限定盤カバーアートと共に同時リリースされたが、それぞれのカバーアートは共通して、社会の混乱や飢餓、暴力、差別、恐怖と言った社会のネガティブな側面を描写しており、「社会(歴史)の失敗」を後世に伝える作品となっている。それまで自分たちのアーティスト写真をカバーアートに使用していた彼らだが、社会に向けて痛烈なメッセージを訴えた本作は、大きな影響を与えることとなった。

最も有名な、機動隊に追われる黒人少年少女を描いたカバーは、1960年代にブルックリンのベッドスタイ地区で撮影された。公民権時代の人種差別問題と警察(アメリカ社会)の不正行為を見事に描写し、その強烈な女性の表情からは当時の市民の恐怖がいかに大きいものであったかを思い知らせてくれるであろう。

今作のカバーアートには複数パターンがある。それぞれが強いメッセージ性を内包しているので、そちらも紹介していこうと思う。

トランプカードを手にした遺体の本カバーは、アメリカの犯罪集団コーサ・ノストラのボスジョー・マッセリアの最期を写している。スペードのエースには一般的に最も強いとされている一方で「死」を意味するカードであり、それを握るニューヨークマフィアの頂点の写真は、「犯罪の道で頂点を手にしても、結局は当然の報いが待っている」という皮肉的なメッセージが込められている。

爆破された教会と傷を負った消防隊員二人を写した本カバーは、社会の最大の失敗を描いている。それは信仰の自由への侵害である。国として、信仰の自由を体現する場所である教会を守るのは不可欠なこと。ましてや人種差別問題が激化していた社会において、黒人コミュニティにとって信仰は唯一の救いであり、それを奪った国家は罪人そのものである。

瓦礫の中の赤子を写した本カバーは、1937年の出版された新聞に、第二次世界大戦の悲惨さを伝えるために実際に掲載された写真であり、瓦礫に囲まれて泣き喚く赤子の姿は、その悲惨さが描かれている。これも他のカバーと同様に、戦争という社会(歴史)の失敗を写している。

泣いた子供を写した本カバーは、ソマリア内戦による飢餓で苦しむ子供を写している。飢餓は広範囲の国々で伝染する問題であり、その現状をアメリカ社会に伝えるためにカバーに含めることを決めたとのこと。

Dead Prez – Let’s Get Free (2000)

フロリダ出身のstic.man(スティックマン)とブルックリン出身のM-1(エム・ワン)の2人で構成されるヒップホップデュオDead Prez(デッド・プレズ)のデビューアルバム。

当時最も政治意識の高いラップグループと言われた彼らのカバーアートは、人目見るだけで伝わるその妥協のないカバーアートとスリル満点なリリシズムが特徴的である。カバーアートは、まさに武力革命の公募であり、現在の資本主義的かつ抑圧的なアメリカ政府に対し、武装した植民地時代のアフリカの写真になぞらえて、黒人コミュニティが臨戦態勢であるということを伝えている。当然のことながら、本作はアメリカの多くの店で検閲された。

NASIR – NAS (2018)

ニューヨーク州ブルックリン出身のラッパーNas(ナズ)が2018年にリリースしたアルバム。言わずと知れた名作『illmatic』のカバーアートを彷彿させる黒人少年を写した写真は、彼が育ったクイーンズのブリッジの住宅プロジェクトの裏路地で撮影されたものである。

10歳にも見たない少年たちが警察に動かぬよう命じられているその姿は、歴史的にごく日常的に扱われてきた黒人コミュニティの立場を表しているようにも見え、右上の警告看板の文字「VIOLATORS WILL BE PROSECUTED 1(違反者(暴行者)は起訴されます)」は警察に対する皮肉にも読み取れる。

写真は1988年に出版されたアメリカの雑誌「Texas Monthly」の「The War Zone」という、当時クラックが流行したテキサス州北部のダラス周辺の特集記事から引用された。記事は1980年代後半にアメリカで大流行したクラックブームについての内容で、貧困を抱えた黒人が隔離されていたダラス本土にクラックが蔓延し、それが絶望と荒廃をもたらした様子が書かれている。

注目したいのは、本カバーアートに起用された写真をはじめ、記事で掲載されている写真の多くはその記事で描かれている内容とは対照的なシーンを写していること。記事ではドラッグディーラーやクラック中毒者の話が多く書かれているのに対し、写真に映るパーティー帰りの子供達や高級ブランドのブートシャツを着る若者、愛する人を抱き寄せる彼ら彼女らの眼の奥は、純粋で誇りに満ち溢れ輝いているからである。

NASがこの記事の写真を起用したのは、都心部の風景にある、その絶望と荒廃の狭間の中で強くかつ純粋に生きる「私たちの未来(=子供達)」への希望、もしくはオマージュではないだろうか。

さて、ここまで曲を通して社会的・政治的なメッセージを伝えるいわゆる「プロテストソング」を見てきた。あくまでカバーアートに焦点を当てたため、人種差別問題や公民権運動に対する黒人コミュニティの声を代弁したプロテストソングは他にも多くある点にはご留意いただきたい。

本稿を通して分かるのは、今年5月に起きたジョージフロイドさんの殺害事件で明らかになった、アメリカ社会の明らかに欠陥したシステムやその権力の元で悪事を働く悪質警官の暴力等の問題は、決して今に始まった問題ではないと言うこと。ジョージフロイドさんの事件もほんの一部でしかないのだ。

ラップミュージックはそんな黒人コミュニティの怒りの声を代弁するため、あるいは彼らの置かれた状況や彼らの思いをありのままに伝える手段として機能した。かつてストリートの子供達が「親や教師、教会の牧師たちの言うことよりもラッパーたちの言うことを聞く」と言った時代があったこと、あるいはPublic Enemyがラップミュージックを「黒いCNN」と表現したこと、それらは決して公共のメディアが伝えることのないゲットーが抱える問題を浮き彫りにしたからである。

Kendrick Lamarが「For Sale? – Interlude」の中で葛藤していたように、商業主義に走ったセルアウトラッパーが多く出てきた現在のラップシーンにおいて、ラップミュージックはただの金儲けの手段なのだろうか。確かにドラッグディーラーになる必要がなくなったという意味では金儲けの手段は無視することはできない。しかし、先述したような「ラップミュージックの真の役割」というものを今一度考えてみてはいかがだろうか。

Credit

Writer : 平川 拓海

学生時代に始めたストリートダンスやクラブでのバイトを通して、音楽を中心としたストリートカルチャーに触れる。在学中に『TALENTED_TENTH 〜ラップ・ミュージックは何を伝えたのか〜』を執筆。現在はサラリーマンをする傍ら、音楽ライター/音楽キュレーター/DJとして活動中。クラブで踊る時間が一番の幸せ。@_takumihirakawa

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