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Album Cover

To Pimp A Butterfly - Kendrick Lamar
フッドの変革者は今のアメリカを見て何を思うのか

June 29, 2020

2020年5月25日、歴史はまた同じ過ちを繰り返した。

アメリカ東部ミネソタ州ミネアポリスで起きた白人警察による黒人男性ジョージフロイドの殺人事件は、奴隷解放宣言から150年近く経った今もなおアメリカ社会に人種差別問題が根深く蔓延るっていることを世界中の人々に浮き彫りにして見せた。その怒りと共に「Black Lives Matter」のスローガンを掲げた人々の抗議デモは次第に暴走し、略奪や暴動が各地で発展した。

このような状況に対し、アメリカ政府は米軍を配備する構えを示した。ゴム弾と催涙ガスを使用して国民を排除するアメリカ政府の姿は1992年のロサンゼルス暴動の記憶を蘇らせ、またしてもアメリカ社会の分断がさらに深まることが必然となった。その時の光景を捉えた一枚の写真がある。


NYTIMES

ホワイトハウスを背景に、怒りに満ちた国民が暴徒化し、まるでディストピアを連想させる光景。この写真をみた時、皮肉にもあるアルバムカバーを思いだした。

そう、Kendrick Lamar の『To Pimp A Butterfly』である。

本稿では、読者の皆さんであれば聴いたことない方はいないであろうコンシャスラップの金字塔、Kendrick Lamar(以下Lamar)の3rdスタジオアルバム『To Pimp A Butterfly』のアルバムカバーアートに秘められた想いやメッセージを紐解いていきたい。

さて、早速だがカバーアートを見ていきたい。

Lamar 本人と当時の TDE の CEO である Dave Free のディレクションの元、写真家 Denis Rouvre によって撮影されたビンテージポラロイド風のモノクローム調の本カバーアート。

Mass Appeal に本カバーアートに関する本人インタビュー動画があるので、歌詞の内容をヒントに内容を紐解いていきたい。

Mass Appeal:カバーアートについて教えて欲しい。

Lamar:俺と俺のフッド(地元)の仲間達を写しているんだ。『good kid m.A.A.d city』で歌った、幼い頃から一緒に育ったコンプトンの仲間達だ。彼らを、彼らが実際に見た事がない、あったとしてもテレビでしか見たことがない外の世界に連れていって、フッドとの違いを見せているのさ。彼らはものすごく興奮していたんだ。だからこそ彼らはワイルドな顔をしているように見えるんだ。

Mass Appeal:芝生に横たわっているのは誰?

Lamar:裁判官だよ。裁判官は俺達一人一人を悪者扱いするんだ。でも実際俺達は決して悪者なんかじゃないんだ。この部分では、俺達をジャッジできるのは神だけで、(裁判官が使う)小槌なんかじゃないってことを表しているんだ。全ての黒人はスターだ。それこそがこのアルバムが表すことなんだ。それは、俺が初めてサインした時の気持ちを表している。まさしく俺の最初のステートメントだ。

人は皆大金を手にした時に自分がスターになったと感じる。でも俺がここで言うスターとは、内面の美しさ(=才能があり、思慮に溢れ、美しいこと)を表しているんだ。今まで俺は自分がどのように生まれたのかなんて知らなかった。でも今回それを知ることで学んだんだ。内面を美しくいるために必要な物がお金ではないということをね。

インタビューを通して、カバーアートに描かれているのは Lamar とその仲間達であることが分かった。ここで、彼らのことが歌われている「Institutionalized」の Lamar のヴァースに触れたい。

But somethin’ came over you once I took you to them fuckin’ BET Awards
かつて俺は彼ら(フッドの仲間達)を BET Awards に連れてって言ったことがあるんだ

You lookin’ at artistses like they’re harvestses
お前らはアーティスト達を農作物みたいに見てやがる

So many Rollies around you and you want all of them
お前らの周りのたくさんのロールスロイス お前らはそれらを全部欲しがる

Somebody told me you thinkin’ ‘bout snatchin’ jewelry
誰かが俺に教えてくれたんだ お前らがジュエリーを盗もうとしてるってな

I should’ve listened when my grandmama said to me
ばあちゃんが言ったことをよく聞いておけばよかった

Shit don’t change until you get up and wash yo’ ass, nigga
立ち上がってケツを拭かなきゃ、物事は変わらないんだよ

彼がフッドの仲間達を BET Awards に連れて行った際のことが描写されているが、彼の仲間は授賞式に参列した華やかな人々の金品や高級車を見て、それらを盗みたいという衝動に駆られるのである。

後半部分で Snoop Dogg が「You can take your boy out the hood But you can’t take the hood out the homie」と歌うように、彼らをフッドから物理的に連れ出すことはできても、彼らからフッド(貧困によってまともな教育制度が整わないフッドで育ったが故に身についた行動基準)を取り除くことはできない、ということを歌っているのである。「制度化された」というタイトルが表すように、 Lamar 自身ひいては黒人コミュニティでは、フッドで育ったが故にそのステレオタイプ的な考え方や行動基準が染み付いてしまっており、それはアメリカ社会の中で制度化されているのである。

ここで留意したいのが、制度化されているのは貧しい人々だけではないということ。貧しい人々と権利を奪われた人々は刑務所、人種差別、階級主義によって制度化され、金持ちの人々や権力者は恐怖、教義、そして万能のドルによって制度化されている。人は誰もが「何か」が間違っていると教えられるが、真に間違っているのはそのような「制度」自体であるということを彼は曲を通して訴えているのである。

ここで疑問なのが、カバーアートでは黒人のステレオタイプ的な姿が描かれていること。Lamar がフッドの仲間へ真に伝えたいメッセージを考えれば、このような黒人の姿を描くのは違和感がある。むしろステレオタイプから脱出した、ケツを拭いた黒人像が描かれた方が納得がいく。では、なぜあえて黒人のステレオタイプ的な姿が描かれているのだろうか。

それは、制度化された人種差別の終焉を期待する前に、黒人コミュニティが自らの内側を見つめ直す必要がある、ということを暗に示しているからである。だからこそ、そのような制度化されたアメリカ社会の中での自分達の姿をあえて描写しているのはないだろうか。

その理由として、「The Blacker the Berry」の中で彼が「Black-on-black crime(黒人間抗争の犯罪)」への問題提起をしていることが挙げられる。「ケンドリック・ラマー“ The Blacker the Berry ”が私たちに教えてくれること(https://honor.onl/column-200130-1/)」の記事にもある通り、彼は社会の変革は集会や略奪ではなく内側から始まるものだ、と語っており、そうした中で被害者ヅラした自分はまさに偽善者であると歌っているのである。

続いて注目したいのが、インタビュー中の「全ての黒人はスターだ」というフレーズである。これは「Wesley’s Theory」の歌詞にもあり、フレーズ自体は Boris Gardiner が1973年にリリースした「Every Nigger is a Star」からのサンプリングである。

本曲では、成功した黒人が搾取される姿を、ヴァース1では「搾取される側」である Lamar の視点から、ヴァース2では「搾取する側」であるアンクル・トムから語られている。その中で所得税の虚偽申告により脱税容疑で告発された俳優 Wesley Snipe を例に、黒人がどんなに成功しても、国や音楽業界に多くの税金や仲介料を取られる、と言うことを歌っている。どんなに成功しても(Butterflyになっても)搾取される(Pimpedされる)立場にあることを伝えているのである。

その後の「自分がどのような生まれてきたかを知ることによって、このメッセージを学んだ」と言っている点は、彼がアルバム制作中に自身のルーツであるアフリカに旅をしたことについて語っている。「Momma」でも彼のアフリカへの旅中でのストーリーを歌っている。「Momma」は直訳すると「母親」という意味だが、ここでは故郷の「アフリカ」のことを指している。

この曲は、前半部分ではサイファーでラップの練習をしていた少年からスタジアムに人を埋めるほどまでに成長した自分への自信、また一方で地位と名声を手に入れた典型的なラッパーの成功を掴み取った自分の姿を語っている。

後半部分では、自分という人間がいかに無知であったかに気づく。少年時代の Lamar に似た少年と対話する形式が取られているが、少年は Lamar の人間性やいかにしてコンプトンで成長してきたかを反映すると共に、シンプルな口調で今まで Lamar が目指してきた成功はフィクションであると突きつける。

少年は Lemar に対し、「アーティストとしての運命を追求したい、また、その産物を過去に残そうとするなら、まだ街でたむろしているフッドの仲間達に、家に帰るかまたは故郷へ戻るように言うべきである。」と伝えるのである。

今まで地位や名声、金のみを目的としていた自分の成功は全くの意味のないものであると理解した Lamar。彼は自身の成功によって得た影響力を利用して何かをする必要があると考えるようになり、変革の仲介人になりたいと考えるようになる。それによって黒人のコミュニティに恩恵(生きることの意味や目的)を与え、成長を促進し、それを南アフリカのような美しい場所に変革することができると考えたのである。

さて、ここまで本人インタビューと歌詞を元にカバーアートを考察してきた。ここからはカバーアートのより細かい描写について触れたい。


まず、右手下部に両手を上げている少年の右手にモザイクがかかっている箇所について、これは旧約聖書の詩篇121篇5節で述べられている「The Lord is your keeper; The Lord is your shade at your right hand. 主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。」を表しているのではないだろうか。

「主はあなたの右の手をおおう陰」とは、あなたが積極的な意味において神戸の親密な交わりがあることを意味し、ひいてはその交わりにおいて人が神を知り、その秘密を知り、神の知恵と力を与えられることを表す。
母なる故郷に訪れた中で、「How Much A Dollar Cost」でも歌われているように神に出会ったこと、また「Momma」で自分と似た少年との会話を通して新たな目的や意味に出会ったことを鑑みれば納得が行くであろう。

次に、中央部の映る Lamar と赤子について、これは「Butterfly(蝶)」と「Caterpillar(芋虫)」を表しているのではないだろうか。その理由として、「Mortal Man」の最後の詩に以下のような歌詞がある。

Although the butterfly and caterpillar are completely different – They are one and the same
蝶と芋虫は全く違うものに見える でも彼らは一つで同じものなんだ

ここで言う「Butterfly」とは世間が称賛する成功者のことであり、「Caterpillar」とはフッドに囚われた黒人のことを表している。詩の中では一見「Butterfly」と「Caterpillar」は全く違うものに見えるが、両方とも才能や思慮に長けており、内面に美しさを持つ同じものであることが語られている。ここで言う「Butterfly」のLamarが「Caterpillar」の赤子を抱えながら、「every nigga is a star」と高らかに声を上げている様子を表しているのではないだろうか。

またここからは推測だが、赤子が持っている白い紙のような物について、他の黒人と同様に札束を持っていると推測できるが、本作の隠しタイトルを理解すればその解釈は変わるであろう。

実は本作のブックレットには点字(と言っても印刷だが)で「Blank Letter By Kendrick Lamar(ケンドリックラマーによる空白の手紙)」と記載されている。「空白の手紙」は「もっとたくさん書きたかった」と言う意味があり、赤子が手にしているのは空白の手紙で、フッドに囚われている黒人達は「もっと言いたいことがある」と言うメッセージを表していると言う解釈ができるのではないだろうか。

本稿では、カバーアートにフォーカスして『To Pimp A Butterfly』を考察してきた。ここでは最後に「Mortal Man」に収録されている Lamar と 2 Pacのインタビューの一部を抜粋したい。

Lamar:here’s nothing but turmoil goin’ on so, I wanted to ask you – What you think is the future for me and my generation today?
今アメリカでは混乱が起きているからこそあなたに尋ねたい。俺や俺たちの世代の未来はどうなると思う?

2 Pac : I think that niggas is tired of grabbin’ shit out the stores – And next time it’s a riot it’s gonna be like, uh, bloodshed -For real, I don’t think America know that – I think America think we was just playing – And it’s gonna be some more playing but – It ain’t gonna be no playing – It’s gonna be murder, you know what I’m saying? – It’s gonna be like Nat Turner, 1831, up in this motherfucker – You know what I’m saying, it’s gonna happen
俺は、黒人達は盗むことに飽きて、流血が伴うような暴動が起きると思う。まじでだ。アメリカはそんなことに気づいていないと思うけどな。
アメリカは俺たちがただ遊んでいるだけだった思っているんだ。でもそれは全く持って違う。遊びなんかじゃない。それ以上のことが起きるんだ。殺人が怒る。1831年のナットターナーの反乱(黒人奴隷がアメリカで初めて起こした反乱)みたいにな。分かるだろ?俺が言っていることが。

K: That’s crazy man, in my opinion – Only hope that we kinda have left is music and vibrations – Lot a people don’t understand how important it is, you know – Sometimes I can like, get behind a mic – And I don’t know what type of energy I’ma push out – Or where it comes from, trip me out sometimes
狂っているよ。俺は、唯一の残された希望は音楽とそのヴァイブだけだと思っている。みんな、それがどれだけ重要かわかっていないんだ。時々俺はマイクに隠れたくなる。何を伝えようとしているかわからなくなる時がある。イカれちまうんだ。

P: Because it’s spirits, we ain’t even really rappin’ – We just letting our dead homies tell stories for us
それは魂たからな。俺たちはただラップしているんじゃない。俺たちは死んだ仲間達のストーリーを伝えるんだ。俺たちのために。

K: Damn
その通りだ

冒頭の写真はまさにインタビューで 2 Pac が予言した未来そのままである。

自身の経験や感情を通して地元コンプトン、ひいてはアメリカ社会において黒人として生きることのリアルを全ての作品を通して歌ってきた彼に、「今のアメリカをみて何を思う?」等の質問は愚問であろう。地元のデモ活動に参加するだけで、全米に向けたメッセージやアクションを起こしていない彼の姿を見ると、いかにフッドの変革に重きを置いていることが伺えるのではないだろうか。

Credit

Writer : 平川 拓海

学生時代に始めたストリートダンスやクラブでのバイトを通して、音楽を中心としたストリートカルチャーに触れる。在学中に『TALENTED_TENTH 〜ラップ・ミュージックは何を伝えたのか〜』を執筆。現在はサラリーマンをする傍ら、音楽ライター/音楽キュレーター/DJとして活動中。クラブで踊る時間が一番の幸せ。@_takumihirakawa

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