KOHH

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KOHHが『worst』で綴るキャリアと本当の幸せ
印象的なリリックからその内容を紐解く

APRIL 30, 2020

「結局地元」「貧乏なんて気にしない」「飛行機」のヒットで日本国内のリスナーの心を掴み、Keith Ape による「It G Ma」で日本を飛び出し、世界からも注目を集めることになった東京都北区王子出身のラッパーKOHH。2016年、Frank Ocean の楽曲への客演参加が明らかになった時「彼はどこまで遠くへ行くのだろう」と思ったファンも少なくないだろう。
 
しかし、その旅も間も無く終わりを迎えようとしている。2012年11月にリリースしたデビュー・ミックステープ『YELLOW T△PE』から約7年半が経った今、彼は「KOHH」としてのキャリアを最新アルバム『worst』をもって引退することを宣言した。29歳という若さにしてラッパーとしての活動に区切りを設けたラッパーは最後の音楽アルバムで何を語ったのだろうか。作品の中から印象的なリリックを引用し、その内容を紐解いていこうと思う。

KOHH – 『worst』
1. Intro
2. Sappy
3. Rodman
4. 2 Cars
5. Anoko
6. I Think I’m Falling
7. John and Yoko
8. ゆっくり
9. レッドブルとグミ
10. シアワセ (worst)
11. Is This Love
12. 友達と女
13. What I Want?
14. They Call Me Super Star
15. 手紙

“ I’m sappy I’m sappy I’m sappy ah
幸せで寂しい
I’m sappy
幸せで悲しい
I’m sappy ” – Sappy

MonyHorse、Domino(Lil Kohh)という幼馴染、実の弟がイントロに登場するという幕開けから、2曲目「Sappy」は「Sad」と「Happy」が交差する感情を表現した一曲。この作品のメイン・テーマの一つでもある「KOHHにとっての「幸せ」とは何か」という疑問を引き出すリリックが綴られている。成功を手にし、「She said, fuck me Kohh you so fine」とモデルのような美女に言い寄られるKOHH。しかし、その感情は「Sappy」。幸せの中にどこか悲しさが入り混じる、複雑な心境であるようだ。その理由はアルバムの中盤で明らかになる。

“ 俺みたくはなるな
誰にもなれないから俺みたくはなるな
まるでデニスロドマン ” – Rodman

この作品のメイン・テーマは「KOHHにとっての幸せとは何であるか」と上述したが、収録曲の全てがそのテーマに沿っているわけではなく、彼らしい初期衝動的な思いを落とし込んだ楽曲も多々登場する。ジュンジ・タカダ、マルセル・デュシャン、カート・コバーンなど自身の姿を様々な人物に例えてきたKOHH は今その姿をデニス・ロッドマンに重ねている。派手な髪色、タトゥーにまみれた身体、奔放なライフ・スタイル。誰も真似できないスタイルをKOHHとNBAのスターは共有している。

“ セックスがしたいだけじゃない
見た目も可愛いし
俺を成長させてくれる中身 〜
君には彼氏がいて
俺にも彼女がいる
みんなも知ってる
けどお互い気が合うどう見たって俺らいい感じ
Jay-Z とBeyonce よりも
オノ・ヨーコとジョン・レノン ” – John and Yoko

アルバムの中で何度も登場するのが、KOHHによる複数の女性との関係性だ。今曲ではパートナーがいる女性たちと特別な関係性になる姿をオノ・ヨーコとジョン・レノンの関係性に例えている(二人は不倫関係から結婚に至っている)以前の作品でも性的な描写は多々あったが、彼が肉体的な関係よりも、精神的な繋がりをより重要視し始めたことがこのリリックからは読み取れる。つまり、性的な快楽や見た目より、信頼や「気が合う」という、より本質的な人間関係を求め始めているように見えるわけだ。いわゆる「普通のラブソング」とは違う直感的な描写は、自由でしなやかな彼らしさをまさに表現している。

“ 自分次第で感じれるし
窮屈に生きるのは罪
ゆっくり流れる水みたいに
命の早さに気づく
いつか終わる日は来る
死んでも残るものを作る
全てが手に入る急がなくてもすぐ
引き寄せてく焦らず急いでく ” – ゆっくり

「ゆっくり」ではKOHH が引退を決意するきっかけになったとも考えられる自身の人生についての考えが明かされている。「命の早さに気づく いつか終わる日は来る 死んでも残るものを作る」というラインを聴けば、彼が下した「KOHHとしての活動を辞める」という決断は、短い人生の中で死んでも残るものを作るための選択だったのではないか、と予想ができる。すでに成功を収めたラッパーは、音楽とは違う方法で「全てを手に入れる」ため、ゆっくりとその目標を引き寄せていく。

“ 君だけに見せる
君だけ知っている
特別な関係
俺たちは最低
言いたいけどちゃんと
持ってく墓まで
地獄へ行った後
神様に懺悔 ” – しあわせ(worst)

「最悪な幸せ」。「Sappy」でも相反する感情を抱いていることを語っていたKOHH はアルバムのタイトルでもある「最悪」と幸せを同時に掴んでいる。「特別な関係」という表現から「John and Yoko」のような浮気関係や、誰にも話せない秘密を抱えた仲間への言葉に思えるが、どちらにしても、ここでKOHH は自身が手にした「幸せ」が人に話せない秘密の上で成り立っていると語る。人に嘘をつきながら手にした「幸せ」は彼にとって最悪なもの。でも、そこから抜け出すことはできないようだ。

“ だからあれも欲しい
これも欲しい
スーパースター
光る星
What I Want ?
What I Want ?
What I Want ? ” – What I Want 

ここまでのアルバムの展開から突如鳴り響くアコースティック・ギターのギャップに驚いた人も多いことだろう。13曲目「What I Want」は穏やかなビートの上で、KOHH が自分自身が本当に求めているものは何なのかを自問する内容になっている。ラッパーとして成功しお金も名声も手にした。そんな彼が今必要としているのは、一体何なのか。次曲でその答えを彼は語っている。

“ クラブで酒よりあの子んちで観るDVD
高級クラブより昔からの友達んち
知らない有名人よりいつもの仲間たち
何十億人いる人間のうちの一人

リーマン、運送屋に売人
ラッパー、モデルに芸能人
大金持ち、それとも乞食
生まれる前卵子と精子
お金だけあっても馬鹿馬鹿しいし
まず地元に一軒家ほしい
高級シェフでも敵わない
すずんちの生姜焼き
スーパースターに憧れて
コンバースをボロボロにしてた
くだらないことはどうでもいい
一回やってみ Love Sex Dream ” – But They Call Me Superstar

酒、高級クラブ、知らない有名人。ラッパーとして成功することで手にしてきたきらびやかな物よりも、彼は心の通った彼女、昔からの友達、いつもの仲間たちと過ごすことを選ぶ。「あれもこれも欲しい」と語っていた彼が本当に必要としていたのは、お金や綺麗な女性ではなかった。
2015年、「It G Ma」で「ボロいコンバースと重たい革ジャン」を着て、ロック・スターになろうとしていた彼は、その憧れを実現したからこそ、もっと身近なものこそが自分にとって価値のあるものであることに気づいている。

ここまでの楽曲で彼はラッパーとしてのキャリアを通じて、幸せとは何か。本当に自分が求めているものは何かを見つけ出したことを描いてきた。スターになることを追い求め、その夢を実現したからこそ「本当の幸せ」に気づく、というまさに自伝的な作品になっていることが既にわかるだろう。(勿論、上記で紹介したリリック以外では以前の作品でも披露されていたようなフレックスや、「好きなことをやる」という彼の美学は同時に表現されていた)

そしてアルバムを締めくくる一曲、「手紙」はワンマンライブにて引退宣言を行った直後に披露された一曲。幼い頃に亡くなったお父さん、その影響で薬物中毒に苦しんだお母さんを持つKOHH が幼い頃、多くの時間を共にした、「大ママ – 祖母」への感謝がこの楽曲では綴られている。

“ 大ママへ
面と向かってだと恥ずかしいので手紙にします。
とりあえず、今まで育ててくれてありがとう。
大ママはおばあちゃんだけど俺にとってはお母さんです。俺が4歳か5歳ぐらいの時、家のベランダで俺をおんぶしながら子守唄を歌ってくれたのを今でもはっきり覚えてます。そのおかげで、子守唄を聞くとちっちゃい頃を思い出して未だに泣きそうになります。
小学生中学生の頃は、学校とか警察に呼び出されたり色々と迷惑をかけてごめんなさい。刺青も嫌いだって知ってるのにたくさん増やしてごめんなさい。
俺ももうそろそろ30歳になります。それでも会う度に仕事は大丈夫か?とかご飯ちゃんと食べてるか?とかって配してるけど、お金もそれなりに稼げてるし体の調子もいい感じなのでそんなに心配しないで下さい。
大ママとじじは最近膝が痛いらしいけど、良くなることを願ってます。あと、大ママ達に一軒家を買うって言ったのにまだ買えてないから早く買えるように頑張ります。これからもよろしくお願いします。千葉雄喜 ” – 手紙 

KOHH ではなく「千葉雄喜」として手紙、そしてラッパーとしての最後の作品を締めくくるのは、この作品で彼が大事なものに気づき、KOHH ではなく一人の人間「千葉雄喜」に戻るという、彼のラッパーとしてのキャリアとその終わりを描写するためであるだろう。自身が手にしたはずの「幸せ」に違和感を感じ、そこから「短い人生の中で」「死んでも残る作品を作る」ために、ラッパーを引退する選択をした、彼のキャリアの全て、心境の変化、そして新たなスタートが『worst』には綴られている。

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