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【インタビュー全訳】 唯一無二の動きを生み出すアーティスト、フランク・オーシャン / WMagazine

OCTOBER 1 , 2019

2019年に入り、ニューヨークからクィア・アートに関する情報を発信するマガジン Gayletter や、ロンドン発のカルチャー紙 DAZED など様々なメディアに出演してきたアーティストFrank Ocean (フランク・オーシャン)


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【インタビュー全訳】FRANK OCEAN – GAYLETTER

 
 
 
 
 
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自身の公式インスタグラム・アカウントを設立するなど、以前に比べ明らかにメディア露出が増えている彼だが、今回はアメリカの女性ファッション紙 WMagazine のインタビュー企画に出演。


「Frank Ocean Makes Moves Like Nobody Else – フランク・オーシャンは誰にも似つかない動きを為す」というタイトルのもと、中学生時代の思い出から、次のプロジェクトまで、幅広く自由な形の質問に答えてくれている。
特に人間の「脆さ」と「強さ」を語る場面や、メジャーレーベルとインデペンデンスについての回答からは、彼ならではの思慮深い考えを見ることができる。是非チェックしてみて欲しい。

ーー ここ最近で興味を持っていたり、考えてることはある?

クラブに興味があるね。音楽のためのナイトライフ(夜遊び)が色々な形で繰り返されてる。
デトロイトやシカゴのシーンや、テクノ、ハウス、フレンチ・エレクトロとか色々なダンスミュージックのシーンを今はチェックしてるよ。

 

ーー 何か特定のサブカルチャーやシーンに長期間影響を受けてきた?

俺はニューオリンズで育ったから、一番身近だった「ニューオリンズ・バウンス」のナイトライフかな。かなり大きな流行りだったし。
でも、そんな少年時代や青年時代は少しも振り返らないことにしてる。俺は目の前のことに集中してるし。
(ニューオリンズのアンダーグラウンドで育ったベースミュージックジャンル。ゲイカルチャーとの係わり合いが強く、ゲイカルチャーで育まれてきた背景があるためかシッシーバウンスとよばれることも)

 

ーー ニューオリンズで育っていく中で、あなたはどんな中学生だったの?

アウトサイダー (仲間外れ) だったよ。いつもね。かなりマセてたし。
ニューオリンズでは家族みんなが近所に住む習慣があるんだ。叔父さんはストリートを下ったところ、いとこ二人と、叔母さんもほんの数ブロック離れたところに住んでいた。
うちの家族は金持ちじゃなかったから、1ヶ月水が出ないとか電気が点かないことがあってね。
となると、その間いとこたちと一緒に住むなんてことも起きるんだ。いとこの家の周りには友達がたくさんいて、その近所を友達とぶらつくのが好きだったね。

 

ーー 学校は退屈だった?

俺はそういった学校とかの公共権力に深い愛情がないんだ。
5分おきに「ここは自分の居場所じゃない」なんて感じてた。
音楽でキャリアを築いていく方法を見つけるまでは、毎年そんな風に感じていたよ。
でもその音楽への興味のおかげで「異なるメンタリティ」が俺の中で育っていったんだ。
ちょうどティーンエージャーになるぐらいの年齢だったと思うけど、俺はその頃にはかなり成熟してた。ママもよくそう言ってたし。
でも心の中ですごく大きな混沌(カオス)があったんだ。でもその時にはその感情を表現できなかった。
だから外から見ても、その様子が際立っていたのかな。

 

ーー 何がきっかけで、音楽のキャリアを突き進もうと思ったの?

「地元を抜け出したい」っていう想いだよ。
必ずしも音楽じゃなくてもよかったんだと思う。
それよりも「音楽で成功すれば何が手に入るか」を考えていたんだ。
つまり…経済的に(お金)さ。その当時の俺の状況から自由になるための手段だったんだよ。
きっとそんな風に自分の未来を思い描いていたんだと思う。

 

ーー あなたは今アーティストとして、大きなファンのベースや文化的なパワーを抱えているよね。
2018年の中間選挙では投票に言った人に対してTシャツをプレゼントしていたけど、「みんなに投票してほしい」っていう個人的なモチベーションがあったりするの?

リスクもあるんだけどね。
俺は投票に関しては「責任」じゃなくて「機会」って言葉を使うことにしてるんだ。
「何もしない」権利があるはずだから。でも同時にみんな色々なことができる「機会」を持ってるんだ。
投票に行くのはいたってシンプル。でも投票に行ってもらおうと働きかけるのは複雑だ。
だからこそ、できる限り多くのプランを実行したいと思ってるよ。
どの世代も絶対的に恐れている真理が存在してる。それは生死に関わる問題や、生活の質に関わる問題。
まだ俺たちはそのポイントまで到達していないと思うんだ。
選択の余地もなくなって、絶望するしかなくなるようなポイントまでね。
まだ前を向いて、可能性に賭けてみる選択肢もあると俺は思うんだよ。

 

ーー 今取り組んでるプロジェクト(作品)はある?

「俺はいつだって音楽や色々なことに取り組んでる」が答えかな。
今はプールを潜水で4往復することにチャレンジしてるし。

ーー ジムで?

自分の家だよ。

ーー 家はニューヨークだっけ?

そう。今住んでるところさ。

ーー 家にプールもついてるんだね。

ああ。プールはついてるよ。
4往復も潜水するのはキツイよ。本当に死にそうになるから。
俺は自分の中の「自分を非生産的にしている非言語的なパーソナリティ」に毎日逆らってるんだ。
冷たいシャワーを浴びるにしても、肉体的にチャレンジするにしても、結局俺は「自分自身の眠っている部分を活性化して、より生産的になって、物事をこなしていきたい」と思ってるんだ。
そういう毎日のルーティンのおかげで、家を出た後に起こる全ての物事に対して備えられるから。

 

ーー 新しく音楽を作る中で、模索しているテーマやアイデアはあったりする?

俺は長い間、人間の脆さの中には「強さ」があると信じてきた。でももう信じていないんだ。
「強さ」と「脆さ」は反対の言葉のように聞こえるでしょ。だからその二つの言葉を繋ぎ合わせて物事を語ると、どこか賢明なことを言っているように聞こえるんだ。
でも「あぁ、わかった。この二つの言葉は正直者でいるか、嘘つきになるかの選択なんだ。」って事実に気づいて。
俺自身の体験としてそう感じたんだ。
みんなアーティストに「脆く」「正直者」でいることをかなり期待してる。そうでしょ?
でももうやめたんだ。俺にとってそれはもう、その期待を満足させるための手段になってしまってるから。
本当に脆く、正直すぎるまでに、過去の経験や心の内側をさらけ出すことが求められてるんだ。
俺はそれよりも虚偽に惹かれるんだ。映画のような架空のストーリーにね。

ーー つまりファンタジー(空想)だよね。嘘ではなくて。

同じことだよ。

ーー ファンタジーはポジティブなイメージじゃない?

暗いファンタジーを描く人もいるでしょ(笑)。

 

ーー 今現在の音楽業界について話すよ。
あなたは2016年にサインしていたDef Jamとの契約を満了する最後のビジュアル・アルバム『Endless』をリリースして、独立した上で『Blonde』をドロップした。
同時に2つのプロジェクトに取り組んでいたのに、それを口外しなかったよね。

最初のプロジェクト『Nostalgia, Ultra』を作っていた時から、俺は誰にも作品について語らないんだ。
例え一緒に仕事をしている人でも知らないことすらある。
何かをやり終える前にそれを宣言してしまうと、ほとんどの場合良くないことが起こると思ってるんだ。
作品に変更の可能性が大いにある場合にも、一度喋った説明には責任が伴うと思うし。
だからまずは完成させる。そして世に出すか出さないかを決める。出すなら自由に喋る。っていうのをデビューした頃からずっと一貫してる。
あなたのようにメディアにも慣れてないからね。
今回のインタビューは別としてだけど。
でも毎日目が覚めるたびに驚くんだ。自分が生計を立てるためにやっている仕事に対してね。質問されるような対象になって、みんな俺の考えや、なんでも俺の情報を語りたいと思うなんて奇妙でしょ。ほとんど俺にその言葉は通じないのにさ。変だよな。


ーー 同時に『Endless』と『Blonde』という違う軸を持つ作品を手がけるのは、どんな体験だった?

「深く考える」ことが制作のうち多くを占めてたね。毎日毎日、次に何をするか考えてた。昔の作品を参考にしたりもせずね。
『Channel Orange』から『Blonde』の間には俺の中で大きな飛躍があったんだ。サウンドの話だけでなく、物事の見え方や、物事がどんな風に結びついているかに変化があった。
『Blonde』では作品のクリエイティブな部分だけに関わらず、かなり勇気が必要な「戦略」を実行したりもしたんだ。しかも…えっと、何て言おうと思ったんだっけな? ” スパイクラフト (スパイ技術) “じゃないんだけど….そんな感じの言葉だったはず。
とにかく「計画」に沿って動くと、かなり安心するんだってことが言いたくて。
レーベルを動きたい、でもビジネスはしていたかったし、全て自分自身で物事をこなしたかった。
そこが「戦略」の複雑な部分だったんだ。ただレコード会社から抜けるだけじゃなく、抜けることで今まで会社に預けていたものを全て自分で動かしていくことになるから。

 

ーー なぜ『Endless』の次に日に『Blonde』をリリースしようと思ったの?まるでジェームス・ボンドみたいだけど。

効果的だからだね。

 

ーー あなたはまだオンライン上に作品を保存しておくことに対して信頼をしていない?

今リオに住んでいる編曲家と仕事をしてるんだけど、二人とも行ったり来たりだよ。
っていうのも、俺がインターネットにデータを上げないからなんだけど。
データを入れたUSBドライブを誰かに届けてもらうか、自分で行くかだね。

 

ーー 次の音楽プロジェクトもオリジナルプロデュースでやるのかい?それともレーベルと一緒に?

俺は2016年からずっと独立したアーティストだ。だからこのままその状態を続けていこうと思ってるよ。
信頼も勝ち得たと思うから、もしローンが必要になったら銀行に行くよ(笑)。

 

ーー 何かしらの新しい方向性に進んでいる?

今はフォーマットで遊ぶのを楽しんでるよ。
というのもテクノロジーが長い間フォーマットを指定してきたから。
どれだけ自由にやろうとも、俺たちはみんなテクノロジーの中で生きるレコーディング・アーティストでしょ。レコーディングや編曲でソフトウェアを使おうが、音楽を配信する媒体であろうが、何かしらテクノロジーを使っているわけで。
でもCDやレコードみたいなアナログなもの、もしくはデジタルに移り変わったもの全て、45分とか60分とか120分とかの制限のない、本当に柔軟なものは違う。
そんな風にアナログでやっているアーティストは今あんまりいないだろうから。それもレーベルとの契約が理由だと思うんだけど。レーベルには「指定枚数のアルバムを出すことを求められる」から。それって本当に専横な制限だよね。
それは全然「最先端のアート」じゃない。
ラッパーたちが曲中でビジネスを理解して、自分たちのインデペンデンスについて語っていたのを聞いたけど。本当にそうすべきで。ビジネスの権利を持っていないと、数千人のファンの投資や購買による収入で、ある程度の生活を送ることもできないよね。

 

ーー 今、音楽以外で取り組んでいるプロジェクトはある?

今はしばらく仕事から離れて、自然の中で一人になりたいんだ。
俺はバンドやグループとかに所属したことがなくて、自分一人だけでいつも長い時間ライティングをしたり、仕事に打ち込んできたんだ。
他のミュージシャンやプロデューサー、客演のアーティスト、ゲスト・ヴォーカルとの仕事をするプロセスも好きだよ。
でも今は物事を整理して、自分がやったことのないことに挑戦してる。

 

ーー クリエイティビティに関して、あなたとエイサップ・ロッキーはお互いに影響しあってる?

Raf “のヴァースをやった時を思い出すと、俺はその時ラップを練習してたんだ、ヴァースの構成やフロウとか、なんとか上手くやろうとしてた。沢山ヴァースを書いてたね。
ロッキーは『Cozy Tapes』の2枚目を作っていて、俺に「この曲” Raf “って言うんだけど」って言ってきてさ。面白かったよ。
その時ちょうどホテルに住んでいて、別でスタジオのセットを持っていたんだ。
だからそのスタジオに入って、速攻でヴァースを録って、ロッキーの家に行って曲を聞かせてもらったんだ。その時にすでに曲には息が吹き込まれてた。
それでその時に彼が俺のヴァースを見て、「おいこれじゃあ2003年のラップにしか聞こえねえ。」って言ってきたんだ。
俺も「あぁクソ!そういうことか」って思ったよ。フロウが複雑すぎたんだ。
だから「わかった、もっとリズムのある今っぽいやつがいいんだ」って気づいて実行した。
だからまたヴァースを書き直して、彼に見せたんだ。「教えてくれ、今2000何年だっけ?」って言い返してね。

 

ーー あなたはボールルーム・カルチャーのレジェンド、クリスタル・ラベイヤを『Endless』でサンプリングしていたよね。
ドラッグ・ボールルーム・カルチャーのどんな部分、特性に興味を持ったの?
(「ボールルーム」の文化は、1920年代のニューヨークで誕生したドラァグカルチャーに端を発する。カーニバルのようなボールルームのショーは、“性やジェンダーの不服従”を謳いながら、陰鬱な時代を吹き飛ばすようなダンスやファッションを打ち出すもの。
クリスタル・ラベイヤはマンハッタン出身の有名なドラァグ・クイーン)

えっと、どこか懐かしい気がするんだ。
特に音楽が関連していて、とても生き生きとしてて、ソウルフルで、ハッキリしてる。
あのムーブメントには「二重性」があるんだ。
一方で非常に「身体的」、ああいった動きをするのはタフなことだし。
でも、もう一方で「芝居」の要素もあるんだ。女性的な美しい動きのことなんだけど。
クリスタル・ラベイヤに関しては、彼女の声、目つき、見た目、本当に真剣で、自分自身に従順なこと、一歩も引かない姿勢が美しいんだ。
ハウス・オブ・ラベイヤはLAでやった俺の30歳のバースデイ・パーティに来てくれて、俺もランウェイをやったよ。

 

ーー 「W’s Originals」の表紙をしてもらう人に絶対に聞いている質問をさせてもらうね。
あなたにとってオリジナルとは?

答えは「誰もがオリジナルだった」だね。重要なのは「だった」の部分。

 

ーー ここ数週間先の予定は?

ヴィジュアル・アーティストとのコラボでやっているフォト・シリーズ・プロジェクトの撮影があるね。
まだ誰とは言えないんだけど。でも彼は本当に才能溢れる人だよ。
俺は写真の中の物語の設定で、長い間音楽業界の慣習の中に生きてきた人物を演じるんだ。
かなり編集を細かくやってもらいたいところだけど、まあきっとクールに仕上がるはずだよ。楽しみだね。

 

ーー 休みは取ってるの?

取れてると願うよ。
ちょうど昨日友達に一度も行ったことがないから、ファイヤー・アイランドの話をしてたんだ。
詳しい土地柄も知らなかったんだけど、車が走ってなくて、歩道しかないらしくて。
街灯がないから、歩道の端を白色で塗りつぶしてあって、夜道も見えるようにしてるんだって。
あとは、コネティカットにガラスの家があるらしくて、そこにも行ってみたいね。

 

ーー ガラスの家ね。そうえばあなたはピエール・ポランのソファーをインスタにポストしていたよね。
デザインの見本にしたりするの?

ああ、デザインはたくさんチェックしてる。
流行りのもので言えば、シーグラム・ビルディングで行われたマーク・ジェイコブスのウェディング・レセプションに数週間前行ったね。ミース・ファン・デル・ローエのデザインだったよ。
バーが上の階にあって、下のフロアにはプールが設置されてたね。
夜の間はみんなDJの近くに行って、誰もプールに入ってなかったね。友達と「一面カーペット貼りだから、デス・ドロップでもやってやる」とか言って、練習してたよ。最高だったね。

 

ーー あなたは独自のスタイルを持っていることで知られてるよね。
ファッションのこだわりとかはあるの?

気づいたんだけど、俺あんまり自分一人で買い物したことがなくて。毎日同じようなものをずっと着ていたし。
『悪魔の扉』に出てた時のキアヌ・リーブスみたいな感じだったよ。
彼はスポーツスーツにネクタイ、襟付きのオックスフォード・シャツ、最高の髪型、淡いウォッシュのデニムに、靴にピッタリのベルトって感じで。最高だよね。

 

ーー まさに自分の「ユニフォーム」を発見したのかな?

同じような形のものから始めて、服自体は色々変えたりしてるね。
今はかなり暑い時期だから、ツアーで履いてたバンズを履いてるんだけど、もう古いしこの服にはミスマッチだよね。
靴も全部変えないとな。

 

ーー レッドカーペットの上で、ジョアン・リバーズがあなたに何を着てるのか聞いているようね。
(アメリカの大物タレント。「ファッション・ポリス」という番組の辛口評論家としても知られる)

安らかに眠ってほしいよ。俺のレジェンドだ。

ーー 彼女はまさにオリジナルだよね。

ああ!彼女はかっこいいよ。屈しないし。
「こっちを見ないで」って感じのエネルギーと、「これが私よ。」って感じがボールルーム・カルチャーとも共通してるのがハッキリ分かるよね。

 

ーー 怖いもの無しだね。

そうだね。恐怖を持っているのか、恐怖を通り越したのか、恐怖があるからこそなのか。わからないけど、これが今の現状だね。
この状態があるがままで、俺はそれが好きだね。

唯一無二の動きを生み出すアーティストは「自分を非生産的にしている非言語的なパーソナリティに逆らっている」という言葉からもわかるように、誰よりも自分自身の考えや個性を理解し、そんな自分自身のあるがままの姿を愛し、表現している。

ダンスミュージックへの興味も語った彼だったが、完成されるまでは作品について語らないのが彼のスタンス。どんな作風であろうともきっと驚きを届けてくれるであろうと、つい期待してしまうばかりだ。



W Magazine による元記事は こちら から読むことができる。

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