「私たちならきっと大丈夫」Little Simz が自粛期間に乗り越えた戦い、 ファンへのメッセージを公開

May 9, 2020

ロンドン出身のラッパーLittle Simz(リトル・シムズ)は昨年リリースしたアルバム『Grey Area』で素晴らしい評価を受けた。「何かを恐れている」という事実を語る勇気を持ち、正直で、直球なメッセージを、多様なバックグラウンドを感じるサウンドに乗せた作品はUK・アイルランドで毎年最も優れた音楽作品に対し送られるマーキュリー賞にもノミネートされ、名実とも成功を収めた。しかし、成功作を生んだ後にプレッシャーはつきものである。

彼女は先日、コロナ・ウイルスの影響を大いに被っている都市の一つであるロンドンから、外出禁止期間に新EP『Drop 6』をリリースした。作品は「自粛」の雰囲気とは正反対のアップテンポで、活気に満ちたオープニング・トラック「might bang, might not」で幕を開ける。作品だけを聴くと、サウンド、リリックのどちらからも、彼女から重圧や、外出禁止から来る重々しい雰囲気は感じない。しかし、そんな軽快なサウンドも彼女が自粛期間にある「戦い」を乗り越えたからこそだ。

2週間前の4月25日、インスタグラムにて以下のメッセージを投稿したSimz。自粛期間の彼女自身の生活、そしてEPの制作を綴った文章には、彼女の苦悩と、ネガティブな自分との戦い、それを乗り越えたというストーリーが描かれていた。

“ 私は孤独を気にしない。実際、一人をとても楽しんでるの。でも、一人でいることを選ぶのと、一人でいることを強制されるのは、違った難しさがあると思う。

24時間常に自分と向き合うことになるの。昼寝は1日に1度しか出来ないし。世界が止まると、こんなことになるんだね。

2018年はシットな年だった。控えめに言ってもね。2019年は私の人生でベストな年だったかも。好きなことができて、しかも調子が良くてね。私は仕事中毒なの。常にそうだったし、多分これからもそう。

静寂を保とうとするのは難しいよ。私は習慣に沿って生きる人間。私をよく知っている人なら、私の安らぎが、この頭に巻かれた赤と黒のスカーフ、暖かいお湯、ソファーとブランケットさえあれば育まれると知ってるよね。私は満足してる。

この孤独な状況が自分のメンタル・ヘルスにどんな影響を与えているかを考えてみたの。そして私の強烈なまでの感情がどれほど抑圧されているかにスポットを当てて、よく考えてみた。

私は泣くのが嫌い。泣くと自分が弱い気がするから。でもこの1ヶ月は沢山涙が出たの。何となく、何かに圧倒されている気がして。世界が滅茶苦茶だから、私は何も価値のあるものを届けられない気がしてるの。私が「本当の意味で」貢献できることがないんだよ。

誰もきっと気にしてないし、誰にとっても重要じゃないと思う。こんな自分への勘ぐりをね。私も予想してなかったしさ。

ママのことを考えてる。そして私がいかに親孝行をしたいかを。けど、こんなクソパンデミックが起きて、閉め出されたら、何も出来ないじゃない。そうでしょ?ママは特に多くを求めたりしない。彼女の頼みごとと言えば、私が自立して、幸せになることくらい。

4月の初めにEPに着手し始めた。4月中に完成させる予定でね。
4月半ば、私はまた意気消沈し始めて、道を踏み外し始めた。また自信を失ったの。「こんなの全然ダメ。誰も気に入ってくれない。クソよ、ミックスが本当にゴミ。」全てがネガティブだった。

ある日、近所の人が私に音量を下げてと言ってきた。彼は在宅で仕事してるみたいで、Mary のように寛容なタイプでもなさそうだった。彼は初めて見る顔だったから、最近越してきたんだと思う。「OK」と答えたわ。そして彼の勤務時間を聞いてみた(何とか妥協案を探そうとしてね)。「朝9:30〜夕方18:30だよ。」と彼は答えた。その時間帯以外は黙っててくれたの。

私が頷いていたら、彼は私にドラムを叩いているの?と聞いてきたの。「いや、ベースを弾いてたの」(オシリスのベース。5曲目のビートに使う用)と答えて、私がどんな制作をしているかを説明すると、彼は「これも君の作ってる作品?」と質問を続けた。私は「そうだよ」と答えた。けど、長い会話をする気分じゃなかったから、すぐに話を遮ってしまった。

「うるさくてごめんね」と伝えて、その後も迷惑にならないよう、仕事を続けた。あぁ、イライラする。私は日中に曲を作るのが好きなの。太陽の日差しが好きなのよ。特にリビングの窓から差し込む光は特別。生産的な気分にしてくれるの。でも実はそんなこと、何も関係なかった。だってどちらにしても、私はこのEPを諦めていたから。

悲しみに包まれたハードな日を数日過ごしたある日、目が覚めても、気分は最悪だし、憂鬱で仕方がなかった。ツイッターのタイムラインを見たら、誰かが撮った美しい写真が目に入ったの。その人たちのポートレイト。その写真に私は瞬時に引き込まれた。私は自分の創造性には境界線も限界もないことを知っていたし、音楽は常に変化するものだと理解してた。

写真は音楽とは異なる媒体。だけど、私にとっては自分を表現するアウトプットの一つ。瞬間的なアートの形だと思う。まさに私の好きなもの。私が写真を始めた頃は、撮った写真をすぐに確認して、完璧を追い求めていた。好きじゃないと思ったら、すぐに削除してね。

私の友達がその撮り方に気づいた。彼は画家で、写真も撮っていて。彼はこう伝えてくれた。「削除に集中しちゃいけない。写真を撮ることに集中しろ」と。

深刻なほどの先延ばしをして、私はビッチでいること、クヨクヨするのを止めて、EPに取り組むことを決めた。自分にガソリンを満タンに注いで、誰もいないこの場所で、一人きりで、自分を追い込んだの。そしたらワクワクしてきてね。自分を追い込み、芽を紡いだ。そうしなきゃいけなかったの。そして作品を完成させた。

いつになったか?よく言うよね「物事は最後に丸く収まる」ってさ。制作の途中はまるで筋肉痛のようなもの。自信を失うなんてビッチだし、そこから抜け出す方法は「走り抜ける」のみ。みんなが光となってくれて、ありがとう。あなたたちは皆、必要とされ、愛されてる。勿論私だけじゃなく、あなたたちの人生において大切な人たちを代表して、ここで伝えることができると確信してるわ。

こんな荒れ狂った世の中だけど、私たちは折れないよね。私たちならずっと、これからも大丈夫だから。

Simbi x ”

『Drop 6』、Simzのメッセージ、彼女が憂鬱と自信の喪失、混沌とした世界に答えを出したという経験は、自粛期間、そして未曾有の危機には間違いなく必要とされるだろう。

世界中どんな場所にいても、私たちは今、日々、得体も知れない不安と、先行きのわからない状況に襲われ続けている。だからこそ「こんな荒れ狂った世の中だけど、私たちは折れないよね。私たちならずっと、これからも大丈夫だから。」と語りながら、優しく、強く、活気に満ちた音楽で私たちを励ましてくれる彼女に感謝したい。そして、私たちは強い意志を持って、まだまだ踏ん張らないといけない。ここから抜け出す方法は「走り抜ける」のみなのだから。

Credit

Text : Shinya Yamazaki(@snlut

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