Daichi Yamamoto Elephant In My Room

Qetic

Daichi Yamamoto - 『Elephant In My Room』
リリックの中にだけ存在する、彼の素顔

August 20, 2020

京都を拠点に活動するJazzySport所属のラッパー、Daichi YamamotoがEP『Elephant In My Room』をリリースした。

2019年には1stアルバム『Andless』を発表し、テレビCMへの楽曲提供や、「Tokyo Drift Freestyle」への参加と、さらに活躍の幅を広げる彼のリアルな感情が綴られる今回のEP。絶対に見逃せない、2020年を代表する名盤であると、声を大にして言いたい。客演は少ないながらも、詩的かつ生々しいリリックと、メロディアスなフック、そして表情豊かなビートが合わさり、彼の感性でしか作り出せない唯一無二の作品が出来上がっている。

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プロデュース陣には、前作に引き続き、KM、grooveman Spot、QUNIMUNE、そして初参加のFlat Stanley。客演兼プロデュースには、5lackが参加している。

 

ブレない自分を持つ

アルバムの始まりに相応しい、勢い溢れる一曲「Splash」はKMがプロデュースし、バスケットボールプレイヤーの八村塁選手が登場するCMにも起用された。テレビを見て気づいた方も多いのではないだろうか。私自身、このEPを初めて再生したときに、CMで聴いた“あの曲”をやっと最後まで聴けることに気がついて、咄嗟に興奮してしまったことを覚えている。

アルバム全体がエモーショナルな雰囲気の中、この曲は、彼の勢いを象徴する貴重な1曲だ。挑戦を続け、壁を超えるたびに強くなる。その過程にさえも胸を踊らせるような彼の強さは、自分との戦いをも楽しんでいるようにも捉えられる。バスケ選手やラッパーでなくとも、日々の戦いは絶えない。そんなときに聴くと「自分は最強だ」と思わせてくれるようなバイブスをもらえるのだ。

自身のスタイルについて表現している曲としては、3曲目の「Ajisai」も挙げられる。メロウでどこかノスタルジックなFlat Stanleyによるサンプリングビートが、遊び心のある滑らかなラップと絡み合って心地良い。

“ other side, other side ぼやけたままさ 変わりゆく世の中まるで紫陽花 俺なりさ 稼いでもブレない Twenties すぐにバイバイ 無駄にできない ” ― Daichi Yamamoto / Ajisai

“ 成功を知ってHateを知る 逆境を知って優しさを知る ” ― Daichi Yamamoto / Ajisai

目まぐるしく世の中は変わっていき、成功した分ヘイターも増えることがリリックからも読み取れる。それでも、逆境の中で支えてくれる人の優しさを知り、自身の芯をブレさせない、背筋の伸びたスタイルを持っていることが分かる。

“ ナンセンス お前がどうやってどうしたか お前がどれだけリアルとか ダイチはラッパーじゃないとか We don’t give a fxxk about your truth セオリー通りで優越 浸ってるお前は幽霊 ” ― Daichi Yamamoto / Ajisai

新しいことに挑戦する人の前には必ずヘイターが現れる。自分ができないことをしている人への嫉妬、あるいは焦燥感から湧いてくるヘイト。才能と勇気ある人の、出鼻を挫く厄介な原因。挑戦する人に向かって文句ばかり言っていても、そのヘイターは残念ながら、所詮ワンオブゼムであり、幽霊のような存在。“何者かである証”は、行動する人だけに与えられる。そんなメッセージをただ攻撃的にではなく、繊細に詩的に展開できるのが、Daichi Yamamotoの知性を感じる部分かもしれない。

 

痛いほどリアルな言葉

1度聴いただけで胸が締め付けられた。4曲目の「Blueberry」は、前作の「Let It Be feat. Kid Fresino」でもプロデュースを手掛けたQUNIMUNEによるビート。愛する人への独占欲や、ずっと埋まらない孤独感が痛いほどむき出しでぶつけられていた。

“ 君に届けたい 君に言わせたい yeah 俺が全てって 俺が全てって 積もった不安が屋根から滑ってって 捨ててけ すべて捨ててけ Stay as you want but I won’t force you ”  ― Blurberry / Daichi Yamamoto

ただ安心が欲しい。この人から必要とされたい、依存されたいという、黒く渦巻いた気持ちを、目の前の人には素直に伝えることができない。誰しも、1度はこんな気持ちが湧き上がってきて、戸惑ったことがあるのではないか。このリリックに込められた素直な感情は、彼だけのものではなく、絶対にわたしたちの生活にだって潜んでいる。

“ Baby, you should let me come inside 得体の知れない俺 人に求められないで 取り残されていた お皿の上に残ってるパセリ… Yeah, Blueberry 夜の空 浮かべた ” ― Blurberry / Daichi Yamamoto

曲の最後の方になるにつれて、いよいよ苦しくなった。そんな事言わないで(誰目線?)と、とっさに感じてしまった。しかし、ここまで孤独な気持ちを素直に表わしてくれるラッパーは他にいないのではないか。愛されたい人に愛されたいという乾いた気持ちは、他のものでは到底潤すことはできない。代替品は中々見つからない。

続く「Radio」は唯一の客演・プロデュースである5lackを迎え、うまく繋がらないラジオのように、届かない気持ちを切なく綴った一曲だ。

“ 時を戻したい 書き続けて遡る セミが鳴き終わる頃 揺らいだ恋心 近づくに近づけない お前を眺めた 彼女がいるのに She was so fine I’m rubbing my face やめとけって ” ― Radio / Daichi Yamamoto

“ 完全危険設定 マイフレンズ 否定決定 ぐっとこらえる ぐっとくるいい女 でも悪い女 ” ― Radio / 5lack

自分でも本当は良くないと分かっているし、友達にも反対されるような相手なのに、どうしても惹かれてしまう葛藤が描かれている。“派手な髪色”の女性と繋がらないラジオ。この生々しさと抽象性の同居が、わたしを含めた、リスナーの想像力を膨らませる。

先程の「Blueberry」も「Radio」も、恋愛をすることによって得られるポジティヴな気持ちより、苦しさや葛藤、不安を表したリリックが目立つ。このEPでは、全体的に彼の深い部分にある黒い気持ちと、その中で生まれる葛藤をテーマに制作されたのではないか。

 

従うのは直感のみ

EP二曲目の「Netsukikyu」はどこに進んでいくのか分からない自分自身や、自分の気持ちを、熱気球に例えて綴っている。中盤からの動きがドラマチックなビートは、grooveman Spotによるもの。

“ 辞めたくなる日もあるさ 20 Hours in the booth もつまらねぇな yeah 浮かぶような 浮かぶような この気持は 熱気球 I’m searching, I’m searching 進むべき場所をさがしてる ” ― Netsukikyu / Daichi Yamamoto

“ このシーンのルールは知らないね 従うのは直感 I don’t give a damn ” ― Netsukikyu / Daichi Yamamoto

明確な行き先もわからない熱気球のように、どこにも属さず、漂いながら進むべき場所や正しいことを見極めようとしている。ただ1つ従うのは自分の直感のみ。つまずきそうになりながら、靄の中を進んでいるような感情を、繊細に動くビートと共に表現しているように感じた。

進む先の分からない、漠然とした不安を含んだ曲は、最後にもう一曲。

Daichi Yamamoto自身でプロデュースした「Spotless」は、誰かの夢の中に迷い込んだような不思議な曲である。「Spotless」とは、シミがない、汚れがない、無垢な、と言った意味。追い詰められて、疲弊し、痛みを感じるような日でも、自分は自分として生き、決して染まらないという強い意思が伝わった。

“ 腐っても お前と同じにはまりたくない 腐っても 俺は俺のままでいたい 腐っても 君を傷つけたりはしない ” ― Spotless / Daichi Yamamoto

腐っても、最後まで貫きたいものがある。その一方で、誰かにひたすら助けを求め続けている弱さも存在する。過去に付けられた傷、毎日の痛み、漠然と襲ってくる不安の中で必死にもがき続け、結局は“不確かな物にすべてを委ねてみる”ことしかできない。暗中模索した先、ただ目の前にある確かなものを、一つずつ乗り越えていくしかない。この曲が、このEPの最後の曲である意味が分かった気がした。

Credit

Writer : 谷田貝 みのり

日本のアンダーグラウンド・ヒップホップ、海外のG-FUNKを特に好む。WEBメディアの編集をしつつ、音楽について執筆する日々。渋谷と川崎によく出没する。 (IG : @minorigaga)(Twitter : @minori_yata

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