Joyce Wrice Overgrown

Album Cover

【レビュー】Overgrown - Joyce Wrice | 2000年代R&Bの再構築と献身的な愛からの脱却

May 6, 2021

「歌」と「ラップ」の混淆、2000年代のノスタルジー

ヒップホップとR&Bというジャンルの壁が崩れはじめたのはいつ頃からだろうか。ジャンルの違いを曲の構造の違いと定義するのであれば、それらは大した違いはなく、敢えて顰蹙を買うような言い方をすれば、単にトラックに乗せてラップするか歌うかだけの問題とも言える。

1995年、マライア・キャリーが「Fantasy (feat.ODB)」でウータン・クランのオール・ダーティー・バスタードをフューチャリングしたことによって業界のニュースタンダードとなったヒップホップとR&Bのクロスオーバーは、その後タミア「So Into You」をサンプリングしたファボラスの「Into You (feat. Tamia)」に派生することとなる。やがてその動きはエイメリー「Why Don’t We Fall In Love」のサウンドに代表されるような、重たいベース音が特徴のどちらかと言うとラップ向きのトラックの上で歌うバラード曲を誕生させるにまで至る。そうした作品は次第に2000年代のサウンドとして人々の耳に認識されるようになった。それらはR&Bでもありヒップホップでもあると言える。

ジョイス・ライス(Joyce Wrice)のデビューアルバムを聴いてどこかノスタルジックな感覚と安心感を覚えたのは、そんな2000年代を思い出させるサウンドのおかげだろうか。あるいは、マライア・キャリー『Butterfly』やトニー・ブラクストン『The Heat』を彷彿とさせるカバーアートと共に思い浮かばれる音風景のおかげだろうか。

今回はそんなジョイス・ライス『Overgrown』が秘める魅力を考えていきたい。多くの人にこのアルバムの魅力が伝われば幸いだ。

R&Bミュージシャンとしての忠実な歩み 

アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれたジョイス・ライスは、幼少期をカリフォルニアで過ごし、20代になると東京に移り住み、仏教を学んだという。

物心つく前からテレビやラジオを通してマライア・キャリーやミッシー・エリオット、アリーヤなどを聴いて育った彼女は、幼くしてヒップホップカルチャーに夢中になり、高校生の時に動画サイトに投稿したカバー動画がプロミュージシャンの目に止まり、その後はドム・ケネディやジェイ・プリンスなどのラッパーの楽曲に客演参加するようになった。2016年には自身のデビューEP『Stay Around』をドロップしている。

前作から約5年、足掛け2年の制作期間を要したという本作は、彼女の温かく妖艶な歌声とレトロなサウンドが、彼女の類稀な才能と着実に身につけたR&Bミュージシャンとしての実績と誇りを表現し尽くした充実作となっている。

プロデュースを務めたのは、H.E.R.やラッキー・デイなどのプロデュースでも知られるD’マイル。R&Bが好きなリスナーの方であれば、昨年アイドルグループ・嵐への楽曲提供や今年結成されたシルク・ソニックの「Leave the Door Open」でブルーノ・マーズと共同プロデュースをして話題になったことが記憶に新しいだろう。2005年あたりから活動を始めた彼は、リアーナ「Music of the Sun」やメアリー・J・ブライジ「The Beakthrough」、ジャネット・ジャクソン「Discipline」の制作に関わるなどR&Bシーンを語る上で欠かせないキーパーソンだ。そんな敏腕プロデューサーがエグゼクティブプロデュースを務めたからこそのクオリティがなんと言っても一つ目の魅力だろう。

また、幅広いコラボレーションも特筆すべき魅力の一つだ。ミュージシャン活動初期から交流があったというLA出身の新鋭プロデューサーMNDSGNやVanJessの新作にも参加していたデヴィン・モリソンに加え、メアリー・J・ブライジと同じA&RのR&B界隈への強力なコネクションならではの現行R&Bシーンを総浚いしたような面子は見ただけでにやけてしまうはずだ。

ALBUM BACKCOVER
(LUCKY DAYE, FREDDIE GIBBS, WESTSIDE GUNN, ESTA, KAYTRANADA, MNDSGN, DEVIN MORRISON & UMI らが参加)

生い茂った過去の苦痛、制作がもたらしたセラピー効果

『Overgrown』は彼女の実経験を元にした青春物語だ。本作制作のプロセスを通して、彼女は自身のクリエイティビティに対する想いや自身の経験に改めて向き合えたという。

タイトルの「OverGrown」は自身の心を庭に例え、その庭が生い茂っている様子を表しているとのこと。失恋や不安などで苦労していた時はその庭が生い茂っていたという。制作期間の2年間それらの経験に向き合い、それらを元に作詞作曲することで、痛みを取り除くことができ庭の世話をすることができたそうだ。アルバムの制作プロセスがセラピーの効果をもたらしたのだ。

ファンキーなベースラインやソウルフルな響きで始まる「Chandler」、続くラッキー・デイの官能的な歌声とシームレスに織り成すエレクトロニカ調の「Falling In Love」を聴けば、先に書いたように、このアルバムがいかに2000年代のサウンドを忠実に再現しているのかが分かるだろう。

「全てはサンプリングが基本で、過去を参考にしているものだわ」と語る彼女の言葉通り、「On One」と「So So Sick」は過去のR&Bの名盤を意識した作品となっている。フレディ・ギブスを客演に迎え先行シングルとしてリリースされた「On One」は、ブランディ「Best Friend」のギターコードに触発されたとのことで、本作の中でも一番ノれるサマーチューンとなっている。

また、自分に対して不誠実な恋人との関係を断ち、彼らの本当の意図を隠さずに追及した「So So Sick」は、マイケル・ジャクソンやトニーブラクストンの制作に関わったカリフォルニア州のプロデューサー兼ラッパーのジョン・Bの「They Don’t Know」をサンプリングしており、そのフックはFloetryの「Say Yes」を意識しているようにも聞こえる。

楽曲の構成も見事だ。恋人の未熟さについて歌った「Losing」のサンプリングで始まる「You」は、そんな恋人との葛藤を歌っており、過去の恋人との経験を思い出しては忘れようとする様は、まさにサンプリングされたサウンドと共鳴しているようである。速いドラムと目がくらむようなギターの弦も、恋人からの献身的ではない愛の弾丸をかわす彼女の軽快なサイドステップを捉えているようだ。

また、間奏曲もノスタルジアを感じさせる要素の一つだ。本作ではウエストサイド・ガンとケイトラナダとの間奏曲を挿入しているが、ミッシー・エリオット『Miss E… So Addictive』のバスタ・ライムスとリル・モーの間奏曲に見られるように、豪華なアーティストを起用して間奏曲を挿入したのも、彼女が小さい頃に聴いた音楽への意図的なオマージュのようにも思える。あるいは男性性視点でのリリックを入れることでバラード寄りになり過ぎるのを防ぐためとも受け取れる(ウエストサイド・ガンのリリックは少々過激すぎるが)

いずれにせよこのアルバムが単なる恋愛における若さや素朴さ歌った楽曲を連ねたような他のR&B作品とは一線を画した、楽曲の構成やバランスまで緻密に計算された完成度の高い作品であることがわかるだろう。

アルバムのストーリーは恋人への献身的な愛こそが自分を追い込んでいる原因であると気づくことで終わりに近づく。マセーゴを客演に迎えた「Must Be Nice」では恋人に尽くすことにうんざりして、それが時間の無駄であること気づき、新たな一歩を踏み出そうとする彼女の姿を歌っている。ラストを飾るタイトル曲「Overgrown」のリリックにも以下のような節がある。

But don’t you lose all that makes you you
あなたをあなたたらしめているものを見失わないで

You will be scared, unprepared sometimes
時々準備ができていなくて怖いことがあるかもしれないけど

Say goodbye, I changed my mind
別れを告げた、私は心を入れ替えたの

All my fears, let them be gone
怖いものなんて全部投げ出して

All inside of you
私の中のあなた(の記憶)も

自分を犠牲にしてまで相手に尽くす恋愛は、結果的に自分の真の価値や女性としてのより良い生き方を無駄にしているようなものである、ということを自身の経験から学んだのだ。インタビューで「このアルバムを作った目的は、決して夢を諦めずに、そしてなりたい自分になるためにどんなに大変でも喜びと自信を忘れずに旅を続けるように、人々をインスパイアして、勇気づけたかったからなの。」と語る彼女は、そんな自信の経験を通して同じような境遇で苦しんでいる人に向けて、自信を与え、勇気付けようとしているのである。母親からの教え「他人を助けることが自分自身を助ける最良の方法である」という教えを信じて。

2020年以降のR&B

レディ・ガガやテイラー・スウィフトに見られるポップスターの再来やサウンドクラウド・ラップに見られる音楽制作の民主化、ヒップホップの支配など2010年は音楽ジャンルのヒエラルキーが変わったディケイドだったと言ってもいいだろう。

ジョイス・ライスは、そんな極めて緩い土壌の上に成り立つ音楽ジャンルの戦場において、あえて過去に視点を向け、オリジナルのインストールメントと現代的なテーマをもとにベーシックなヒップホップ×R&Bのサウンドを再解釈しようとしている。それは単にリバイバルではなく、今の時代に必要な表現とメッセージを付加した形の、全く新しい音楽であることには間違いない。

2020年以降、R&Bを前進させるための秘訣は、少し後ろを振り返ることかもしれない。

Credit

Writer : 平川拓海

学生時代に始めたストリートダンスやクラブでのバイトを通して、音楽を中心としたストリートカルチャーに触れる。在学中に『TALENTED_TENTH 〜ラップ・ミュージックは何を伝えたのか〜』を執筆。現在はサラリーマンをする傍ら、音楽ライター/音楽キュレーター/DJとして活動中。クラブで踊る時間が一番の幸せ。(IG : @_takumihirakawa )(TW : @_takumihirakawa

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