Playboi-Carti

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Playboi Carti -『Whole Lotta Red』
Playboi Cartiによるロック・スターへの接近

January 24, 2020

2020年最も期待され、最も賛否が割れたアルバム 

昨年ラップに限らず、あらゆるポップ・ミュージックにおいて、最も期待を背負ったアルバムは何か?その一つがラッパーPlayboi Cartiの新作『Whole Lotta Red』なのは間違いないだろう。それはCartiが輝かしい2010年代のラップ・シーンを代表するスターであり、革命児であった事に大きく関係している。2017年に発表したミックステープ『Playboi Carti』の収録曲「Magnolia」のスマッシュ・ヒットによってCartiは一気にスターダムを駆け上がった。

プロデューサーPi’erre Bourneのトラップ・サウンドを軸にしながらもゲーム音楽やテクノ・ポップまでを守備範囲に入れたかのようなレトロで、メロウなシンセ使いのビート。そして、所謂マンブルラップと称されるような、意味よりも語感を重視したリリックとクールなテンションで言葉を短く区切っていくフロウ。それらの相乗効果によって生まれた軽快さは兎角“リリシスト(詩人)”である事や“スキルフル(技巧派)”である事が求められるラップ・ゲームにおける従来の価値観に風穴を開けた。
2018年にはPi’erre Bourne が全曲プロデュースを務めたデビューアルバム『Die Lit』を発表し、全米3位を記録。その後もFrank Oceanとのレコーディング風景がリークされたり、2019年にはSolangeのアルバム『When I Get Home』に参加したりと、ラップ・シーンに留まらず現代のブラック・ミュージックにおける重要人物との交流を始め、革命児としての活動は勢いを増した。

そして、ファンの期待を背負い2020年満を持して発表された新作が『Whole Lotta Red』である。しかし今作は昨年最も期待されたアルバムであると同時に去年最も賛否両論を巻き起こしたアルバムでもある。70年代のパンクロックマガジン「Slash」をサンプリングしたジャケットから想像されるような音楽的なアップデートを一聴すると無視したかのような仕上がりだったからだ。

盟友であるPi’erre Bourne(彼はこのアルバムで18曲目の「Place」一曲のみをプロデュースしている)の影響下にあるようなシンセ主体のトラップ・サウンドの上でひたすらフローするトラックが連なる全24曲。結果として2021年初の全米アルバム・チャートでは初登場1位を記録し、アメリカの大手音楽メディアPitchForkでは10点満点中8.3という高得点(PitchForkの評価を気にしているラッパーなどいるのかという事はひとまず置いておく)を刻む一方で、大量の落胆の声が寄せられた。Cartiのスタイルの“変わらなさ”に対する「Trash(駄作)」という失望の言葉がソーシャルメディアに並ぶ。

しかし、果たして本当にCartiは、全く進化していないのだろうか?彼はファンたちの賛否両論を予測するかのようにリリックで「Metamorphosis(変わったんだ)」と連呼している。彼は歩みを止めてはいない。確実にスタイルを変えているのだ。

意識化された“ロック・スター”としてのアティテュード

『Whole Lotta Red』がCartiの過去作と異なるポイントとして挙げられるのはまず声だ。ミックステープ『Playboi Carti』、ファースト『Die Lit』と一貫してCartiは終始平熱なテンションで軽快にビートを駆け抜けてきた。しかし今作では全体的に語気を荒げ、ビートに感情を吐き出すようなフローに変わっている。ボーカル・スタイルとしてはほとんどフロウというよりシャウトに近い。3曲目「Stop Breathing」、あるいは9曲目「New Tank」での怒りをぶつける様なハイテンションなフローが象徴的である。「Magnolia」から今作の収録曲を続けて聞くと「これ、本当に同じ人が歌ってる…?」と思わずにはいられないだろう。

また、ミックスも大きく変わったポイントである。『Whole Lotta Red』の前に発表されたシングル「@Meh」や、『Die Lit』におけるクリアに全ての音が鳴る洗練された仕上がりではなく、どこか一部の音が強烈に主張するような暴力的な音像へと姿を変えている。例えば、15曲目「Punk Monk」のように他の音を歪ませるほど異常なベースの音量や20曲目「Over」におけるビートの刻むリズムが聞こえなくなるような強烈なシンセ音を聴くとそれは明確である。こうしたラウドで荒々しい質感のビートの上でシャウトする攻撃的な音楽性は、アルバムのジャケットに雑誌「Slash」をサンプリングしている事や、アルバムの一発目に「Rockstar Made」というトラックを配置している事などを踏まえるとロックからインスピレーションを受けた結果だと言えるだろう。



ただ、ロックとラップ・ミュージックを組み合わせる事自体はラップシーンにおいて然程新しい試みではない。
Post Maloneに代表される、現行のオーバーグラウンドで活躍する所謂“エモ・ラップ”というジャンルに属するラッパーたちはロックからの影響を隠さない。彼らはスタイルの細かい違いはあれど基本的に死のイメージに結び付いており、ネガティブな願望をメロディアスに歌い上げる。Cartiはそうしたシーンの状況を踏まえ、エモ・ラップ勢とは異なるやり方で“独自のロック・スター像”を作り上げたのではないか。エモ・ラップがカート・コバーンを始めとするグランジアーティストたちのネガティブな価値観に基づいた音楽だとすれば、Cartiの音楽は70年代のパンク・バンドのような攻撃性でリスナーをひたすら刺激する。だからこそ雑誌「Slash」のサンプリングがジャケットに施されたのだと言える。


そして、Cartiがロックからインスピレーションを受けることは唐突な出来事ではない。エモ・ラップの代表的なラッパーであるLil Uzi Vertとミックステープの頃から共演していたり、前述したFrank Oceanとの交流であったりそもそもロック的な音楽性を持ったアーティストたちと関係性が深いラッパーだからだ。彼の交友関係がスタイルの根幹を成しているのは間違いない。ただ、過去作まではあくまでロックへの興味をファッションで表現している所に留まっていたが、今作ではボーカルのスタイルから一気にロック・スターとしての意識を強めている。盟友Pierre Bourneとの共作ではなく別々のプロデューサーを起用したのもロックスターという以前とは違うキャラクターを獲得するための言わばステップだ。Kanye West、Kid Cudiといったラップにロック的な音楽性、価値観をいち早く取り入れていった先人達を客演に招いている点から考えても、Cartiのロックへの接近がファッショナブルなものではない事は明白である。

『Whole Lotta Red』の行方

Playboi Cartiが『Whole Lotta Red』で見せたスタイルの変化はシャウトに近いフロウ、そしてバランスを欠いたラフなミックスだ。そして、それらの組み合わせによって生まれる音像の荒らしさの根源には彼のロック・スターへの憧れ、意識があったのである。前述したエモ・ラップの流行に始まり、Cartiと共演してきたTravis Scottやクルーの仲間であるA$AP Rockyといったファッション、パフォーマンス、サウンド面においてロックへの接近を見せるラッパーの姿は2010年代から2020年にかけて多く見受けられた。それは、ラッパーこそがかつてのロック・アイコン的な熱狂を獲得している状況から生まれる必然でもある。

今までのラッパーの誰とも違うやり方でラップ・ミュージックにロック的な要素を融合させた音楽を『Whole Lotta Red』でCartiは放った。未だ議論が渦巻くこのアルバムは果たして歴史的な名盤なのか?それとも世紀の失敗作なのか?それは今後のラップ・シーンが証明する事になるだろう。いずれにせよ、今後もCartiの活動には目が離せない。

Credit

Writer : 朝田圭彦

1998年6月15日生まれ、山梨県出身。ラップを中心としたブラックミュージック全般、映画に関する文章を執筆。(Twitter : @WhiteFerrari98

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