The Weeknd『Dawn FM』| 現実と虚構のポップスが醸し出す死の予感 / review

January 22, 2022

ジム・キャリーは語る。

「あまりにも長い間暗闇にいただろう。今こそ光の中に歩き出すべきだ。全身で運命を受け入れることが怖いだって?心配しないで。私たちが、手を取って、あなたを導いてあげよう。」

架空のラジオ番組をコンセプトにしたThe Weekndのニューアルバム『Dawn FM』にとって、彼はラジオDJ的な役割なのだろうか。ともかく、本作はそのようなジム・キャリーの言葉で幕を開ける。 

ラジオというモチーフは、アルバムという形式とも、世界の終わりというイベントとも相性がいい。過去にはロジャー・ウォーターズの『Radio K.A.O.S.』(1987) という作品もあった。このアルバムは、架空のラジオ放送局Radio KAOSを舞台に、謎の電波を頭の中で受け取ったビリーという主人公をめぐって展開されるSF作品である。冷戦期のアメリカの空気と辛辣なメディア批評を表現したこのレコードには、現実世界に対する緊張と疑念が刻み込まれている。そして何よりも、本作の16曲中13曲もの作曲に関わっているOPNが昨年リリースしたアルバム『Magic Oneohtrix Point Never』も、ラジオモチーフの作品である。

音声メディアである点で、ラジオとアルバムは呼応しながら、生放送というリアルタイム性を担保することも可能な通り、ラジオが日常のナレーションとしても機能するメディアであることは明白である。人々がこの世から消えていき、日常が終わっていくような予感の中では、ラジオは同じ状況に置かれた者たちに呼びかけるという機能を果たす。なぜ本作『Dawn FM』に終末の予感を感じるかと言えば、それは、聴き進めていくにつれて、序盤で「長い間暗闇にいた者たち」に呼びかけていたジム・キャリーの言う「光」が「死」という別名を持っていると思わずにはいられなくなるからだ。

ストーナームービー的な側面を湛える前作『After Hours』に比べて、本作『Dawn FM』はより一層ダークなカラーを持つ。前作のアルバムが作中でも引用されている『ラスベガスをやっつけろ』(1998)的な作品であるとすれば、今作は同じテリー・ギリアムの『未来世紀ブラジル』(1985)、または『12モンキーズ』(1995)的な作品とも例えられるかもしれない。但しそんな本作も、相変わらずThe Weekndらしい恋愛関係についての歌詞に溢れている。
例えば、3曲目”How Do I Make You Love Me”はそのタイトルを歌うコーラスで、壊れてしまいそうな恋愛関係に対して足掻きを見せる。さらに、目の前の現実からの逃避として、ドラッグでのサイケデリックなトリップ空間を演出しているのもいつも通りだ。

I’ll fix you mushroom tea. And cross the restless sea. Release yourself to escape reality.

How do I make you love me? How do I make you fall for me? How do I make you want me. And make it last eternally?

しかし、通常よりも低音域で歌うThe Weekndの歌い方が、きわめて不穏である2曲目“Gasoline”には、こういう表現も出てくる。

I’m just tryin’ to feel my heartbreak beat. I wrap my hands around your neck.

And if I finally die in peace. Just wrap my body in these sheets.

通常運転のThe Weekndのアーティスト性は確かに見られるものの、全体を聴いてみた時には、”Gasoline”における、このような物騒なラインの方が印象に残る。最新作である『Dawn FM』を、過去作以上に纏っているのは、明確な死の予感と、それに対する恐怖感情を越えようとする姿勢である。

「死」に対してのオブセッションは、老いたThe Weekndの顔を採用したジャケットにも表れている。”Gasoline”のMVでは、老いた姿の自分を、現在の姿のThe Weekndが蹴り潰す(老い=死への抵抗か)。

そのようなテーマを前提に置くと、3曲目”How Do I Make You Love Me”と、唯一の先行シングルである4曲目”Take My Breath”を、スムースに繋ぐスネアのリズムも、彼の心臓の鼓動(heartbreak beat)のように聴こえてくる。一つの終わり(死)に向かって進んでいく様は、まるで一人の男の内省世界の崩壊を見ているかのようだ。そして、その間でも80年代のエレクトロやファンクなどのポップスに接近を試みながら、ドラッグや恋愛などの目先の快楽に逃避しようとする。そんなこの作品に「混沌」という言葉が似合うと言われれば、確かにと首を縦に振らざるをえない。

一方で、混沌、とは言いつつも、前述した”Take My Breath“への展開も含めて、音的な流れ方は非常にスムースである。寧ろその「混沌」は「ハイコンテクスト」という言葉にも置き換えられるだろう。タイラー・ザ・クリエイターが参加した5曲目”Here We Go.. Again”では、[My new girl, she a movie star]と、自らのゴシップをフレーバーとして注ぎ、6曲目”A Tale By Quincy”では、クインシー・ジョーンズが登場し、自らの人生を振り返る語りを添えている。Alicia Myersや亜蘭知子のサンプリング(前者は5曲目”Sacrifice”、後者は7曲目”Out of Time”)などの過去の音楽の引用も、混沌の世界を作り上げるための材料の一つに過ぎないのだろうか。

そんな中、『グッド・タイム』(2017)や『アンカット・ダイヤモンド』(2019)の映画監督ジョシュ・サフディも参加している、12曲目”Every Angel Is Terrifying“では、ドイツの詩人ライナー・マリア・リルケの『ドゥイノの悲歌』から一節を引用しながら、相変わらず「恐れ」を晒しつつ、その上、死後の世界の存在をちらつかせる。一つの光に向かって進んでいると序盤で明言されたこのラジオ番組は、最早そこに向かっていくこと自体に対しての疑いを持たない。

前述した“Gasoline”の内容にしても、プロデューサー陣にカルヴィン・ハリスを迎えた14曲目”I Heard You’re Married”で、意外な嵌り方を見せるリル・ウェインのヴァースにしても、暴力的な側面を湛えている。前作『After Hours』のジャケットが血まみれの彼の顔だったように、バイオレンスも重要な彼の作家性である。映画『アンカット・ダイヤモンド』で彼は、自らの性欲に従った結果、不安定な宝石商に扮したアダム・サンドラーに殴り倒されてしまう。常に快楽による現実逃避を求める彼は、その表裏としての痛みも体現してきたが、本作では快楽/暴力の先に行きつく場所として、死が強調されたと言えるかもしれない。

これまでの作品でもそこはかとなく醸し出されていた「死」が、いよいよ前面に出ている本作をどう受け止めていいのか、正直、筆者自身戸惑っている。ただ彼も、現実と虚構の乖離に戸惑っているのだろう。現に、欲望に素直という意味で、生々しい内容を歌詞で語りながらも、The Weekndの音楽は、サウンドに機械的なテクスチャーを湛えるポップスである。

15曲目“Less Than Zero“は背筋が凍るほどに、音楽的に、ユーフォリックな作品だ。終わりに向かって、混沌の中で、我々は踊るしかないのだろうか。少なくとも彼は踊る「場所」を用意してくれているそうだ。それが虚構だとしても。現実とは全く違う場所としてのダンスフロア。因みに先日リリースされた本作のデラックス版のタイトルに添えられた言葉は”Alternate World”である。

Credit

Text : Tatsuki Ichikawa@tatsuki_99
Edit : Shinya Yamazaki(@snlut

1. “Dawn FM”
2. “Gasoline”
3. “How Do I Make You Love Me?”
4. “Take My Breath”
5. “Sacrifice”
6. “A Tale by Quincy”
7. “Out of Time”
8. “Here We Go…Again”
9. “Best Friends”
10. “Is There Someone Else?”
11. “Starry Eyes”
12. “Every Angel Is Terrifying”
13. “Don’t Break My Heart”
14. “I Heard You’re Married”
15. “Less Than Zero”
16. “Phantom Regret by Jim”