日本では2017年に公開し、第89回アカデミー賞で作品賞をはじめ数々の賞に輝いた映画『ムーンライト』はボリス・ガーディナ―の1973年の楽曲「Every Ni**** Is A Star」が流れるところから始まる。1974年の同名の映画のサウンドトラックとして制作されたこの曲は、2015年のケンドリック・ラマ―の名アルバム『To Pimp A Butterfly』の冒頭でも同様にサンプリングされている。黒人コミュニティの内省的テーマを語った、映画とアルバムという2つの優れたアート作品の共通点である。
しかし、今作で最も強い個性を放っているのはやはり音と色彩であるだろう。まさしくエンドロールでアラバマシェイクスの「Sounds and Color」という曲が流れるように、今作は「音と色の映画」そのものであるといえる。赤や青など、画面の中で様々に変化する色調は、空の色や街のライトなど、カメラに取り込まれる光によっても時に美しく、時にまがまがしく映える。視覚的な美しさという意味では前半における主人公タイラーと恋人アレクシスの海でのシーン、まがまがしさという意味では、中盤のホームパーティーにタイラーが車で向かうシーンが最も顕著だろう。それぞれ、日暮れ時の空の色と光、どぎつい色彩を浴びせる照明が、画面内のムードを演出する。
この映画で流れる、豪華アーティストの数々の楽曲は、ただただBGMとして平坦に流れるのではなく、基本的には主人公たちが聴いている曲として劇中に存在する。それにより、劇中の彼らが、どのような音楽やアーティストに魅了されているかという、直接的に、彼らの心情を楽曲が代弁する説得力が発生する。主人公タイラーの部屋にカニエ・ウェストの『The Life of Pablo』のポスターが貼ってあるのも、劇中での登場人物と密接な音楽の存在を示しているだろう(そういえば、このアルバムの最初のタイトル案も、アルバム内のトラックからとった「WAVES」であった)。
主人公タイラーのジェットコースター的な状況と感情の変化を、メロディアスなH.E.Rの歌声から、ノイジーなほど音量を上げて打ち付けるように流れる「IFHY」の変化で表す一連のシーンは、一部屋のなかで一人の感情を映すシーンでありながら劇的な印象を与える。前の「Focus」が「愛する人に振り向いてほしい」という曲に対して、後の「IFHY」がタイトルの時点で「I Fucking Hate You」の略だということも、このシーンを見た人なら納得の選曲であるだろう。
このように、音量や曲の切り取りも含めた音の演出が周到にされながら、劇中流れる音楽はほかにも場面の登場人物の状況や感情に呼応する。例えば後半でエミリーが、恋人のルークが運転する車に乗り、窓から顔を出しながら夜の空気を感じる場面で流れるSZAの「Pretty Little Birds」。何度たたかれても復活し、美しい姿で飛ぶ不死鳥をモチーフにしたこの曲は、この映画の後半のエミリーの物語の「再生」というテーマに重なって聞こえる。
“ Oh and it’s so cloudy Running showers and the mist so fly Enough time to know, know nothing at all Oh I see the lines, there’s two lines(walls) You’ll live a life anew ” – Rushes by Frank Ocean
“ This is not my life It’s just a found farewell to a friend It’s just a found farewell to a friend This is not my life It’s just a found farewell to a friend It’s not what I’m like It’s just a found farewell(brave) ” – Seigfried by Frank Ocean