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J.コールとは

最も賢明で、愛に満ちたラッパーのこれまでと、その音楽性

AUGUST 31 , 2019

J.Cole (J.コール) :
Jermaine Lamarr Cole (ジャーメイン・ラマー・コール)

生まれ : 1985/01/28 (35歳)
誕生 :ドイツ・フランクフルト
出身 : アメリカ・ノースカロライナ州・ファイエットヴィル

ケンドリック・ラマーと並び、2010年代以降で「最も偉大なラッパー」だと称されるアーティスト、J.コール。
ケンドリックがグラミー賞、ピューリツァー賞など目に見える・権威ある賞を受賞している一方で、コールはそういった評価や魅力、人気が「見えにくい」ラッパーの一人なのかもしれません。
しかし私は、彼ほど賢明で、心優しく真面目なラッパーは他にはいないと断言したいのです。

では、同世代のどのラッパーにも劣らない彼の「魅力」、そして彼自身の音楽とは一体どんなものなのか。この記事ではそんな彼の人物像を生い立ちから。その作品を時系列順に紹介していきたいと思います。
(曲名が赤文字になっている部分は和訳・解説をご覧になることができますので、是非合わせてチェックしてみてください)

1. 生い立ち
2. 高校 / 大学 〜 ニューヨークへ
3. 『The Warm Up』 〜 ジェイ・Zとの出会い
4. デビューアルバム 〜 憧れの存在からの失望
5. Platinum With No Feature 「本当の幸せ」とは?
6. 次のステージへ。友人の人生と、ストリートのリアルを描く。
7. 『KOD』
8. Dreamville (ドリームヴィル) 〜 フッドから世界へ 〜
9. 現在まで

 

生い立ち

J.コール (ジャーメイン・ラマー・コール)は、1985年1月28日、軍人だった両親が駐在していた、ドイツ・フランクフルトの米軍基地にて誕生。

アフリカン・アメリカンの父親と、白人の母Kay Cole (ケイ・コール)に間に生まれた彼と、その兄であるZach Cole (ザック・コール) は、幼い頃にドイツから高校卒業まで過ごすこととなる” ノースカロライナ州ファイエットヴィル “に家族と共に移り住みます。

ファイエットヴィルは巨大な米軍基地フォートブラッグがあり、ベトナム戦争を前に市民の20万人以上が出兵訓練を受けたことからファイエットナム (ファイエットヴィル + ベトナム) という別名を持っています。
イメージとしては「軍基地の街」といったところでしょうか。彼の家族含め多くの軍人と同じ場所で、彼が育ってきたことがわかります。
またファイエットヴィルは非常に犯罪発生率が高い都市であり、2008年に行われた「子育てに適した都市ランキング」では全米ワースト3位にランクインするなど不名誉な記録も。
実際に彼のリリックには、同じ高校の仲間がストリートから抜け出すことができず、ドラッグ・ディールなど犯罪に手を染めながら生きて行くことしかできなかった。というものが多々存在します。

新しい土地に移り住んできたコールとその家族は、移住からそれほどの時を経たずしてバラバラになってしまいます。アフリカン・アメリカンの父は母親であるケイ、兄であるザック、コールの3人を家に置いて出て行ってしまうのです。「幼い頃に父親に捨てられた」という経験は家族に大きなショックを残し、彼のリリックにこの出来事は度々登場します。

I feel like you barely know me
And that’s a shame cause our last name is the same
That blood type flowin’ through our veins is the same
And why you only gone monthly, barely ever saw me
Maybe I should be tellin’ you fuck you cause you selfish
But I want a father so bad, I can’t help it

あんたは俺のこと対して知らないよな
悔しいんだよ、だって俺たちの名字は一緒で
この体に流れる血だって同じなんだ
なんでほんの数ヶ月で出て行っちまったんだ?
俺の姿をほんの少しだけ見てさ
あんたには「ファックユー」って言うべきだったのかもな。だってお前はわがままだから。
それでも俺は父親が本当に欲しいんだ、どうしようもないくらいにさ。

父親が出て行ってしまい、生活は苦しくなっていくばかり。母であるケイは一人で家族を養っていくためバーテンダーとして時給2ドルで働き始め、その後、郵便局員の職を手にし、その後再婚を果たします。

また、新しい父親と家族はファイエットヴィルに家族で住むための家に移り住むことになります。
この家は3枚目のアルバム『2014 Forest Hills Drive』のテーマ・ジャケットにもなっています。

インタビューによると、11歳・12歳ごろからコールは自分の部屋を手に入れたこともあり、音楽・ラップへの興味を徐々に強めていったそう。
地元のラップ・グループであるBomm Sheltuh (ボム・シェルター) のファンだった彼は15歳の時に、彼らと連絡を取り、共に製作やライブに出演するなど自身のラップを披露する場を得ていきました。
裕福な家庭ではなかったにも関わらず、コールの母は金銭的な理由で息子のラッパーとしての芽を紡ぐことをせず、彼に高価なビートマシーンを買い与えます。さらにコールは” Therapist – セラピスト “という名前の元、ラッパーとしての道を突き進んでいきます。
同時に、順風満帆に見えた彼の家族は、新しい父親のドラッグ中毒・家庭内暴力によって苦しめられていました。

 

高校 / 大学 〜 ニューヨークへ

地元のTerry Sanford High Schoolを評点平均4.2という優秀な成績で卒業。
もちろん勉強が全てという訳ではありませんが、彼はそもそもがかなり「真面目」な人間であることがわかります。大学に行くための努力を欠かさなかった訳ですね。
奨学金を手に入れ、ニューヨークにあるSt. John’s Universityに進学することとなったコール。その理由はニューヨークがラップのインダストリーと最も距離が近く、ラッパーとしての門戸を開いてくれる、そんな場所だと思っていたからだそうで、当時からラッパーとしてのキャリアを夢見ていたことがわかります。
この高校卒業時の状況を” 03′ Adolescence “では語っています。

音楽の本場から程遠い地元を離れ、憧れのニューヨークで大学生活を送るコール。
都会で過ごす学生生活の楽しさから彼は本来の目的を忘れ、恋愛をしたり、友人と遊んだりと何気なく大学生活を送っていたそう。

そんな中、ファイエットヴィルに残った母親は郵便局員を続けながら、家庭内暴力に苦しめられた夫と別居、生活費や家賃を夫から送ってもらいながら生活していました。
しかしある日、夫からの連絡は途絶え、振込が止まってしまう事態に。当然同じ住まいに住み続けることは難しく、ファイエットヴィルの思い出の家は、コールがニューヨークで遊び呆けている間、気づかぬ間に売り払われてしまいます
アパート暮らしが始まった母は、夫から受けた暴力の苦しみを忘れることができず、ドラッグに手を染めていきます。

コールは大学卒業が近づくにつれ、本来の目的であるラップを本格的に力を注ぎ始めます。
しかし、その再スタートは簡単なものではありませんでした。
大学卒業後、なんとかチャンスを掴もうと彼は懸命に活動を続けます。ニューヨークのスター、ジェイ・Zにデモテープを渡すために雨の中3時間以上出待ちしたものの、「邪魔だ」と言われ無視されたことも。
しかし、そんな雲の上の存在だったジェイ・Zに1年後、彼は自身の音楽によって面と向かって会う機会を手にします。

 

 

『The Warm Up 』〜 ジェイ・Zとの出会い

2007年にリリースした『The Come Up』、2009年、2枚目のミックステープ『The Warm Up』は、ヒップホップリスナーの中で徐々に話題になっていきます。
そこに目をつけたのが、1年前出待ちをするコールをはね退けたジェイ・Z
彼はRoc Nation (ロック・ネーション) という自身のレーベルを設立し、その契約アーティスト第一号を探している真っ最中でした。
ジェイ・Zはこのミックステープを評価し、自身の設立したロック・ネーションの初めての契約をコールと果たします。
それからコールはジェイ・Zの『The Blueprint 3』に客演として参加するなど一気にスターの道を駆け上っていくかのように思われました。しかし、現実はそう上手くはいきません。

 

 

デビューアルバム 〜 憧れの存在からの失望

レーベル契約から約2年、コールは2011年9月デビューアルバム『The Sideline Story』をリリースすることになります。

しかし、リリースに至るまでの道のりは簡単なものではありませんでした。
すでに多くの曲を製作し、ヒップホップシーンからの認知を広げ、そのデビューアルバムを待望されていたコールでしたが、一つアルバムをリリースできない理由があったのです。
その理由は経営者・ビジネスマンとしてジェイ・Zがコールの作品に
ラジオでかけたくなるような曲がない」とキャッチーな曲が不足していることを指摘したことでした。

また、表題曲” Sideline Story のリリックには
” he coach aint help out, so I call my own shots “
「コーチは助けてくれないんだ、だから自分でやるしかない」
とジェイ・Zが彼に積極的に手を差し伸べなかったように思えるラインも。

しかし、どんな環境でも目標に向いて、ひたむきに努力するコールは、誰にでも受けいられるようなキャッチーな曲、ラジオ向けのポップな作品” Work Out “を生み出し、実際にそれまでのキャリアで一番のヒットを叩き出します。

このアルバムのヒットにより、コールは大きな富を手にすることになります。
彼は、ファイエットヴィルに残した母親のドラッグ中毒を克服するための手助けをし、新しい家をプレゼントしたそう。そんな母とノミネートされたグラミーの会場に共に向かうなど、遠いニューヨークから母のことを思い続けていたことがわかります。

一方で、コールの楽曲を昔から聞いていたファン、リアルなリリック、思いが込もった楽曲を期待していた一部のファンからは、いわゆる「セルアウト」的な方向性のシングルを
リリースしたことに不満の声も上がったのです。
中でもコールのアイドルであり、ヒップホップのレジェンドであるNas (ナズ) から
「お前はヒップホップを率いることができるのに、どうしてあんな曲をつくったんだ?」
と言われたことは彼にとって相当ショックだったようで、セカンドアルバム『Born Sinner』で” Let Nas Down – ナズをガッカリさせた “
という楽曲を作り、ここで「レーベルは時代遅れで、型にはまってヒットを作ることしか脳がない」
というリリックを残し、レーベルのいいなりになってヒット曲を作るよりも、自分のクリエイティビティを自由に発揮することが何よりも大事なんだと気づきます。

ラッパーとしての成功を掴むためにニューヨークへ飛び立ち、少しの間目的を見失うも、その後すぐに本来の道へ立ち返り、憧れのロック・ネーションとの契約を手にしたこと。
アルバムをリリースするための手段として曲を作るも、レジェンドの言葉で自分の表現したいものを見つめ返し、次のステージに進んでいく。
目的にひたむきに走り続け、失敗を経験しながら必ずそこから何かを得て成長していく姿は、才能ばかりで成り上がるスターとは異なり、泥臭く真面目で、目的に向かって努力する彼の人間らしさを大いに表していると思います。
彼は元から賢明だったのではなく、目的に向かっていく中で知恵と経験、チャンス
を自ら「掴み取りに行った」のです。

 

 

Platinum With No Feature

全米だけで70万を超えるセールスを記録した『Born Sinner』から1年半ほど経った、2014年、彼は3枚目のアルバム『2014 Forest Hills Drive』をリリース。
告知からリリースまで3週間、大きなプロモーションもなければ、先行シングルもない。客演に人気アーティストを呼びまくることで注目を集める作品が稀ではない音楽界で、「客演一切ナシ」という、ビッグ・レーベルに所属していては明らかに不可能なセオリーで彼は3枚目のアルバムをドロップします。
結果はタイトルの通り「Platinum With No Feature – 客演なしでプラチナム」。つまりレーベルの力を借りずとも、大成功できることを証明したわけです。


タイトル『2014 Forest Hills Drive』は、彼の地元ファイエットヴィルに実在する住所。その住所は、コールがニューヨークへ夢を追いかけている途中に家庭の事情により売り払わざるを得なかったあのお家です。コールが初めて自分の部屋を手に入れ、ヒップホップに触れ、ラッパーを志した。そんな実家の住所を指しています。

ニューヨークへ飛び立ち紆余曲折を経ながら、ファースト・アルバム、セカンド・アルバムと順調に成功を納め、大金も名声も手にした彼が原点・片田舎のファイエットヴィルをテーマにしたアルバムを作ったのは何故なのか? キャリア最高傑作とも言われる作品を解説していきたいと思います。

ニューヨークのストリートを自転車で駆け抜けるコール。
どこかもの哀しさを感じるイントロで彼は私たちにこう問いかけます。
「Do you wanna be happy? – お前らは本当に幸せになりたいのか?」と。
このアルバムはオープニングトラックである” Intro “に作品のテーマ・コンセプトである「幸せとは何か?」という疑問を私たちに投げかけることから始まります。

Life get hard, you ease your soul
It cleanse ya mind, learn to fly
Then reach the stars, you take the time
To look behind and say, “Look where I came
Look how far I done came”
They say that dreams come true
And when they do, that there’s a beautiful thing
Now do you wanna, do you wanna be happy?
I said do you wanna, do you wanna be free
I said do you wanna, do you wanna be “

人生は辛いよな。だから魂を解放させるんだよ。
そしたらお前の心も綺麗になって、きっと空も飛べるさ。
その翼で、時間をかけて星まで手を伸ばして、
それで来た道をみて言うんだ「見てくれ、こんなとこまで来ちまったよ
こんな遠くまで来たんだ、見てくれよ」ってな。
みんなはそれを「夢が叶った」って言うけど、
もし努力して上手く行ったなら、それは確かに美しいことかもしれない。
それで?今お前は、幸せになりたいのか?
俺は聞いてんだ「お前は本当に自由になりたいのか?」って
「お前は幸せになりたいのか?」

コールはいわゆる「幸せ」を手にした人物です。
学生時代から夢に描いたラッパーとしてのキャリアを順調に築き上げ、大金と名声を手に入れる。きっと彼自身もロック・ネーションと契約した時、デビュー・アルバムをリリースした時、そこから大きな評価を得た時、それぞれのタイミングで自信と優越感を感じたことでしょう。

評価も受け、大金を稼ぎ、夢も達成できた。そんな「幸せ」の全てを掴みとったコールが、私たちに「本当の幸せ」とは一体何なのかを、この作品をかけて私たちに伝えてくれます。

そうして幕を開けたアルバムは2曲目” January 28th “へ。

松任谷由実 (ユーミン) 作曲のスカイレストランをサンプリングしたことでも知られる楽曲は、「俺はラップで億万長者になれるだろうか?」というラインから始まります。

タイトルの「1月28日」の彼の誕生日。この誕生日、実はヒップホップのレジェンドであるRakim (ラキム) と同じ誕生日なんですね。
この曲では、彼がニューヨークに飛び立って数年経った後「俺はラップで成功できるのか?」と自問自答しながらも、這い上がって上を目指していく決意を表明した楽曲と言えるでしょう。
誕生日を共有している俺なら、彼のようにラップのレジェンドになれるんだと、社会問題を提起しながら語っていきます。

この作品は、J.コールという一人の青年が夢を追いかけ、都会に出て、必死にその夢を掴んだ後に「本当の幸せ」とは何かに気づく。というストーリーを描いているわけですが、この” January 28th “はストーリーの序章、夢を追いかけ始める決意の章といったところでしょうか。

その後の楽曲では、彼が学生時代、家庭環境など様々な問題に悩まされ自信が持てなかったこと。
同じ地元で育ったのにも関わらず、ストリートでドラッグ・ディールの道を歩んでいく友人。
キャリアのスタートからラップ・ゲームの頂点を取ったエピソード。など時系列はバラバラなものの、様々な時間軸から印象的なエピソードが語られていきます。
一曲一曲のリリックの和訳・解説は当メディアで紹介していますので、” J.Cole (J.コール) に関する記事一覧 “からご覧ください。

中でも11曲目 Apparently “は「コールらしさ」が現れた楽曲だと言えるでしょう。
ここまで自身の生い立ち、高校時代、スターになってからと色々な時間軸から力強い言葉を放ってきた彼でしたが、この楽曲で彼は母への謝罪と愛を語ります。
高校〜大学の章にて前述の通り、ニューヨークで大学に通いながら遊び呆けていたコールは、彼の母親が家を売り払わなければならないほど困窮してることには一切気づいていませんでした。
コールはそんな自分に対しても母のケイが「どんな時もいつも信じてくれた」と語ります。
彼はこの気づきから、わがままだった自分に気づき、自分を大事にしてくれる人を、もっと大事にしなければならないことに気づきます。

この曲に現れた「コールらしさ」とは、どんなに億万長者になろうとも、夫の暴力で苦しみながらもラップを始める機会になったビートマシーンを買い与えてくれ、自分を支え続けてくれた、遊び呆けていた自分に失望せず信じ続けてくれた母親への思いを正直に言葉にして曲にしていること。

彼は本当に正直で真面目な人間です。
もうこう思う方も少なくなっているかもしれませんが、「ラッパー」と聞いたら、高級車に乗り、宝石をぎらつかせ、ドラッグの話ばかりをしていると思う方もいらっしゃるでしょう。
(もちろんカルチャーとしてそういう風習があることも間違い無いですし、そのカルチャー自体にリスペクトは持っています。)
しかし、彼は幾度となく自分の間違いに気づき、反省し、その思い・決意を曲に正直に伝え続けています
それがこの” Apparently “という楽曲であり、前述の” Let Nas Down “でも同様のことが言えますね。

力強いリリックや、言葉遊び、リリックの構成のスキルが非常に高いこと、多くの楽曲をセルフ・プロデュースしていることも勿論素晴らしいことです。簡単に真似できることではありません。
しかし、彼にしか無い魅力とは、この「正直さ」であり、間違いに気づき反省し次に進むという「誠実さ」。そして身の回りの人間、家族や恋人、友人、同業者への溢れるほどの愛を持っていることでしょう。

そして作品に関わった人に感謝を送るアウトロ” Note to Self “の前、実質的にクライマックスのトラックとなる12曲目” Love Yourz “はアルバムの冒頭から問われている「本当の幸せとは?」という問いに対してのコールの答えに当たる作品になっています。

コールは2014 Forest Hills Drive のツアー中、セットリストの最後であるこの楽曲が始まる直前、観客に対しこの楽曲に込められた思いを伝えています。

「俺たち若いときは、いや年食っててもなおアメリカン・ドリームを目指してる。

それが俺たちのなるべき姿だと思ってるよな。
アホみてえな金持ち、バカでけえ豪邸、イケてる車、人間の遺伝子的にあり得ねえケツの形した妻を持つこと。そういうのを手にすることが「幸せ」になるために必要なことだと思ってる。

99%の人がそういうのをゲットできないから、みんなセレブやスターをみて「オーマイガー、完璧だ。俺もあんな風になって、あんな暮らしできたらな」って思うんだ。
俺も同じだったよ。
同じようにアメリカン・ドリームを夢見てた。「絶対こんな風になってみせる」ってな。

それでラップで成功して、夢見てたもんを実際に得たんだ。
でもその「幸せ」をこの目で近くで見てみるとさ、気づき始めたんだよ。
テレビで見てた「完璧」ってのは完全に嘘だったんだ。クソだよ。そんなんじゃ幸せになることはできない。
何千万ドルも、何億ドルも手に入れたよ。みんなが思い描く” 幸せになる為に必要なもの ”ってやつを全部得たんだ。
金もバカでけえ家も、すげえビッチも、車もだ。

でも心の中はマジで哀れなんだよ。

例えこのライブのチケットも買えないくらい貧しくても、ハッピーになれるものを持ってるんだ。クソリッチになったやつが持っていないものさ。

どうやったらそんなことが可能なんだ?あり得ないと思うだろ?
そのリッチな奴はみんなが思い描く、幸せになる為に必要なもんを全部得たはずだっただろ?
じゃあ何を持ってないっていうんだ?

“ LOVE (観客の声) ”

何だって?

“ LOVE (観客の声)  ”

そうだ。これこそ公共教育だな。」

私たちは日々、自分より優れたもの、イケてるもの、豪華な物に囲まれて生きています。
テレビやネット、インスタグラムなど、どこを見ても、自分には買えないようなブランド物、高級車、イケてる場所にイケてる人で溢れています。
テレビやSNSでそんな億万長者を見た時、自分の人生や容姿、生まれた環境、持っているものが人と比べて小さく見えたり、ダサく、劣って見えたりする経験は誰しもがあると思います。
「あんな生活が送れたら」「あんな高級車に乗れたら」「あんな服が買えたら」と。

アメリカではそんな夢の生活を手に入れることを「アメリカン・ドリーム」と呼びます。
成功を収め、高級車に豪邸を買い、裕福な暮らしを送る。
コールはまさにそんなアメリカン・ドリームを手にした男です。
裕福とは言えない環境で育ち、ボロボロの靴をAir Jordanに買い換えたい気持ちを抑えながら我慢して育ってきました。そこから成り上がり、大金も名声も手にしたのです。

しかし、実際にそのアメリカン・ドリームを掴んだコールは、その「幸せ」が偽物だと言うのです。むしろお金持ちになることで心が哀れになったんだと。
どんなに金や名声を手に入れても自分自身を愛することができなければ、一生幸せになることはできない。
と自らの経験をもとに私たちに伝えてくれたのです。

人生や生き様を語るラッパーとして、「幸せ」とは何か?という究極の問いの答えを彼は伝えてくれました。どれほど多くの人がこの答えを聞き、安堵し、肩の荷が降りたことでしょうか。
実際にラジオで流れるこの楽曲をきき、自殺を思い留まった人がいるほど。

彼の持つ「正直さ」「誠実さ」「愛情」、そして彼にしかわからない「本当の幸せ」を伝えてくれたアルバムは以上で幕を閉じます。

 

 

次のステージへ。友人の人生とストリートのリアルを描く。

2016年12月9日にリリースされた4枚目のアルバム『4 Your Eyez Only』は前作と同様に、客演なしで構成され、亡くなった友人を題材にした作品に。

いわゆるコンセプト・アルバムとしてストリートで生きていくことを避けることができなかった一人の男ジェームズの人生を、ジェームズからの視点で描いているこの作品。

アメリカには未だにドラッグ・ディールをせずには生きていけないような若者が大勢います。ジェームズもその一人でした。
同じ地元で育ち、お互いの育つ環境を見てきたコールにはジェームズのような人の送る人生は他人事ではなかったのでしょう。彼も” 03′ Adolescence “で語られたようにドラッグ・ディールに手を染め、生きていこうとした経験があったからです。
また、ジェームズには妻と娘がいました。コールもこの時期に子供を授かっているために、彼に自信を照らし合わせることは自然なことだったんですね。

ストリートでの仕事、愛する家族を同時に持ったジェームズは「できることなら、子供とずっと一緒に過ごしていたい。死にたくない。」と自らの身の危険を案じるようなリリックを綴ります。
最後の曲” 4 Your Eyez Only “で愛する娘にメッセージを送るジェームズ。しかし彼がその直後に亡くなってしまったことがわかります。
また、この曲にはジェームズから「俺はお前にもう会えないかもしれない、明日には生きていないかもしれないんだ。お前が育ったような家族で俺も育ちたかったよ。最後のお願いを聞いてくれないか。俺の人生について、娘に聞かせてやってほしいんだ。」とコールに電話をかけるパートがあります

つまり、このアルバムはジェームズがコールに託した愛する娘への作品だったんですね。

話し手はコールに切り替わり、ジェームズの娘に対して「君のお父さんは” リアル “な男だった。それは犯罪を犯しながら生きていたからじゃない。ハードだったからでもないし、法律なんて糞食らえなんて叫んだからでもない。君のことを愛していたから” リアル “な男だったんだ。と、娘さんに対して父親の持っていた愛情を伝え、ストリートで” リアル “だとされている価値観 (法律を破ったり、犯罪を犯しながらハッスルして生きていくこと)に対し、愛する人を持ちながら必死に生活をしている姿こそが” リアル “だったんだと送ります。

そのリリシズムからなるストーリーテリングの能力、アメリカの根底に存在する” リアル “とされている価値観に対し疑問を投げかけたこのアルバムは派手さはないものの、深い愛情と、大きなメッセージ性が伴った社会にとって重要な作品となったことは間違い無いでしょう。

 

 

KOD

『4 Your Eyez Only』から2年、Dj Khaledの楽曲” Jermaine’s Interlude “に参加した際には引退宣言とも思われるようなリリックを残した彼でしたが、2018年、再び『KOD』というアルバムでカムバックすることとなります。

” KOD “とは、
Kids On Drugs – 「ドラッグ漬けの子供たち」
Kill Our Demons – 「人々に潜む悪魔を滅ぼす」
King Overdosed – 「オーバードーズした王様」
の三つの意味が込められた言葉で、アメリカの社会に渦巻く問題を浮き彫りにした作品であることがわかります。

ここまで2作連続で客演なしを貫いていたコールでしたが、今作で客演に迎えた人物が一人だけいました。それは” kiLL edward “という名前の人物。
このアルバムがリリースされた際、一度も見たことのないこの名前を見て私は驚きました。インターネットでどれほど検索しようとも一切情報が出てこないこの人物は誰なんだと。
それもそのはず、実はこの” kiLL edward “はのちにJ.コールのオルターエゴ (別人格) であることが判明するのです。つまり結果としては今作も” No Feature “を貫いたわけですね。

作中で” kiLL edward “は、現実の生活に疲れ、酒やドラッグに溺れる典型的な例として表現されています。
コールの内側に潜むエゴや、プライドの化身だと言われるこのエドワードという人物。
実はこの” kiLL Edward “はある人物にインスパイアされたとされています。
それはコールの義理の父。ファイエットヴィルの家を購入する際に再婚したあの男性ですね。
思い返せば彼は、ドラッグに溺れ、コールの愛する母親に暴力を振るい、彼女にトラウマを与えていました。
そんな義理の父がモチーフになった” kiLL edward “が客演として参加した楽曲” The Cut Off “のコールのヴァースにはこんなラインが。

Im dreaming violent, I cant tolerate disloyalty
So Ima see you when I see you, know that day comin

I pray that on that day you slip and say something
I never fantasize bout murder cause Im still sane
But I cant seem to fight this urge to make you feel pain
I know that vengeance is the Lords and its not for me

まだあんたの暴力の夢を見るよ、あんな行為は許せないんだ。
そのうち会えるかもな、その日がいつか来るってわかってる。
いつかお前が現れて、ちゃんと話してくれることを願ってるよ。
殺しなんて考えたことないね、だって俺はまだマトモだから。
お前を痛みつけるために、こんな風に言ってるわけじゃないんだ。
復讐は神のなすことさ、俺のすべきことじゃないだろ。

アメリカには犯罪に手を染めることでしか生きていけない人や、そういった社会問題を生活レベルで目の当たりにしながら生きて行く人が多くいます。
しかし、そんな辛い生活を送る多くの人にとって、休まることのない心に、安らぎを与えてくれるのは「ドラッグ」という存在であることは珍しくありませんし、辛い生活からくるストレスに耐えきれず暴力に走ってしまう人も大勢います。
そんな現実をコールはこのアルバムを通して私たちに伝えてくれているわけです。

2作目までは自分のストーリーを中心に語っていた彼でしたが、3作目から徐々にそのストーリーの主語がより大きくなっていることがわかります。
彼自身スターになっていくにつれ、より大きな視野を持ってアメリカ社会を見ることができ、
そこに存在する問題や現実を多くの人にヒップホップという音楽を通じて提起しようと考えていることがわかります。
この点で近年の彼はケンドリック・ラマーのようなラッパーと似たアプローチでメッセージを届けているのかもしれません。

 

 

Dreamville (ドリームヴィル) 〜 フッドから世界へ 〜

Dreamville (ドリームヴィル) とはコールが大学時代の同級生Ibrahim Hamad (イブラハム・ハマッド)2007年に立ち上げたレーベル。

2014
年『2014 Forest Hills Drive』のリリースから本格的にレーベルとしての役割を広げ、
設立当時からの仲間Omen (オーメン)。クイーンズ出身のBas (バス)
ロサンゼルスを拠点に活動しているCozz (コズ)など次々にアーティスト・ラッパーたちと契約を始めていきます。その後、Lute (ルーテ)Ari Lennox (アリ・レノックス)Earthgang (アースギャング)J.I.D(ジェイ・アイ・ディー)など実力派のラッパー、シンガーとサインするなど徐々に音楽レーベルとしての影響力を高めていきます。

レーベルとして『Revenge of Dreamers』というコンピレーションアルバムを2014、2015、直近の2019年に3作リリース。
中でも2019年にリリースした3作目は、レーベル所属のアーティストだけでなく、34名のアーティスト、27名のプロデューサーを迎え、10日間で完成させたことで大きな話題となりました。
合計60名ほどのゲストを迎えた、レコーディングの風景は、こちらのドキュメンタリーに映し出されています。

音楽を製作するレーベル業務だけでなく、2011年にはドリームヴィル・ファウンデーションという地元ノースカロライナ州ファイエットヴィルの若者たちと、都会に溢れるチャンスを結びつける橋渡しを目的とする慈善財団を作り上げます。
また地域のボランティアと協力し、” Back To School Supply Giveaway “という、子供達に
設備、教育用品をプレゼントしたり、ハリケーンに地元が襲われた際には被害者に支援金を送るなど自身が育ったファイエットヴィルに貢献・還元する活動も行なっているそう。

勉強がしたくてもできなかった自分自身の友人のような子供達を一人でも減らしたいと言う思いが伝わってきますね。

・現在まで

KOD』以降、彼がリリースした楽曲は、
ラップ・ゲーム全体の動き・未来に苦言を呈し、カニエ・ウエスト、ワーレイを揶揄しているのではないかと話題になった” False Prophets 

マンブル・ラッパーたちに「ストリートはお前らなんか評価しない」と
言い放った” Everybody Dies

自身がジェイ・Zのような大先輩ラッパーたちと、リル・パンプのような新世代のラッパーたちの2つの世代に挟まれた「ミドル・チャイルド」なんだと語った” Middle Child

ここまで3作連続で客演を一切迎えず、他のアーティストの作品にもあまり客演として
登場することもなかったコール。
しかし『KOD』リリース以降は、積極的に他のアーティストの客演に参加し始めます。
アトランタ出身のラッパー21 Savage (サヴェージ) の” a lot “に参加した際には、

I guess I was hoping the music would speak for itself, but the people want everything else
Okay, no problem, Ill show up on everyone album

You know what the outcome will be
Im batting a thousand

俺は「音楽そのものが語る」ことを願ってるんだ、でもみんなは何もかも求めてくる
オーケイ、問題ないさ、誰のアルバムにでも出てやるよ
その結果どうなるかはわかるだろ
100100中だよ


と、2018年だけで12曲に参加するなど、客演としても圧倒的な存在感を放ち続けます。


よりオープンなマインドを持ったコールの楽曲のリリックの中で目立つのは、家族の存在ですね。妻であるMelissa Heholt (メリッサ・へホルト) は、同じSt. Johns Universityに通っていた同級生で当時から交際していたそうで。
2015
年には結婚。具体的なエピソードなどは一切メディアに語らないコールですが、
リリック中にはこのように

Nothing new under the sun, nobody fucking with son
I got a couple of sons, a couple of guns

太陽の下に目新しいことはない、息子には誰も関われない
俺には息子たちがいるし、銃だって持ってる


と子供達を授かっていることを裏付けるラインを始め、
自身の家族への愛情を強調するリリックが増えているように思えます。
「売れなければ」「評価されなければ」という切迫した状態が終わりを迎え、
家族と一緒に過ごす時間も増えたのかもしれませんね。

 

彼の生い立ちから、ラップ・ゲームでその位置を確立した今までの経緯やミックステープ時代から最新作までの解説を通して、コールの人物像、そして彼のラップにどんな思いが込められているか感じていただけましたでしょうか。

失敗を繰り返しながらも、その度に真面目に努力を重ね、何度も成功を収めてきたノースカロライナ生まれのラッパーは、名声と大金を得たことで「本当の幸せ」を理解し、私たちに「リアル」とは何か、そして社会に存在する問題を提起し続けてくれています。

自分を育てて信じ続けれてくれた母へ、大学時代から自分を支え続けてくれた妻へ、
そんな家族への愛を持ちながら、突き進む彼はまさに「最も賢明で、愛に満ちたラッパー」と言えるのではないでしょうか。

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